1人1基のロボット時代を夢想する 遠隔操作溶接ロボットシステム 高丸工業(株)高丸正氏(溶接ニュース2024年2月27日号より)

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 1人1基のロボット時代夢見る

スマートフォンは1人1台の時代であることは疑いようもない。そんな中「ロボットも1人1基の時代がくる」と話すのは高丸工業株式会社の代表取締役、高丸正さんだ。

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ロボット時代について話す高丸社長

高丸社長には、これが「荒唐無稽な物語りではない」と感じさせるだけの力が目に宿っている。それは、「東京の展示会場から、溶接未経験の女性2人が兵庫県にある高丸工業の工場にある溶接作業を終える」という離れ業を披露した実績に起因するものだ。

今回のWelding Mateでは、溶接事業を縁の下で支え続けてきたSIer(エスアイアー)である高丸工業の高丸社長にお話しをうかがった。

 遠隔操作での溶接とは

ありがたいことに近年、多くの溶接事業所から注目していただくようになった当社の「遠隔PC操作溶接ロボットシステム」。

これはつまり、在宅ワークの事務職員が、北海道の自宅から沖縄の溶接ロボットを稼働して溶接作業に臨むことができるといったものだ。

長年当社が理想としてきた同ロボットシステムは、ロボットが苦手としている一品物の製造でも効果が出せるように、「教示作業を簡単にする」「メーカー各社で異なる教示作業の共通化を図る」「遠隔で溶接作業を実施する」の3点の目的を達成したものだ。

 開発の背景

遠隔操作ロボットは近未来的な技術ではあるが、私は20年以上前に、遠隔操作について不思議に思っていた。それは「遠隔操作で溶接ができるロボット」とはいっても、1基につき、1人の技術者・技能者が関わってしまうのであれば「全く省人化にならない」からだ。

しかし、20年以上前の時点で遠隔操作に着目していた研究者から、「溶接士ではない私でも、この仕組みをであれば上手に溶接ができる」と聞いた時に衝撃を受けたのを覚えている。ロボットは、省人化だけにあらず。つまり、ロボットは、溶接といった特殊な技能を標準化させることも叶う道具の一つだということだ。

私は遠隔制御ができるロボットの未来を想像した。溶接、溶断、研削作業、穴あけ作業など、ロボットは「技能を補うアプリケーション」を切り替え、ツールチェンジをしていくことが望ましい。あらゆる作業を、どこであっても、誰であっても実現できる世界。「将来は1人に1基ロボットを活用する時代になる」と直感的に把握した。

 実証実験に成功

開発した「遠隔PC操作溶接ロボットシステム」は、構想から25年、具体的な開発を始めた9年、さらに「令和3年度経済産業省 戦略的基盤技術 高度化支援事業」に認定されたことで、ついに具現化できた。現在も開発期間中ではあるが、すでに当社内の実作業にて実用性を確認している。

具体的には「九州の鹿児島県から、当社、兵庫県西宮工場内のロボットにインターネット経由でアクセスし、実際に遠隔でティーチングを施して溶接を実施」することができている。今後は商品化に向けて、新たなロボットメーカーへの展開や、溶接作業以外のアプリケーションについて、具現化していく方針だ。

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稼働する遠隔操作ロボット
(東洋理機工業提供)

 国内ロボット産業の課題

日本には現在、数多くのロボットメーカーが存在している。また、その数だけロボットへのティーチング方法がある。

そのため、課題は、ユーザーが1社のロボットにおいてはティーチングをマスターしても、他社のロボットについては最初から学びなおさないと同様の作業を行うことができない点だ。

ロボット操作プログラム(左からNACHI、FANUC、YASUKAWA).jpg

ロボット操作プログラム
(左からNACHI、FANUC、YASUKAWA)

そこで、ロボット言語の共通化や、インタフェースの共通化、ティーチペンダントの共通化などの研究が進められているが、現段階では画期的な方策には至っておらず、現在も各社各様と言わざるを得ない状況が続いている。

一見すると難しいように思えるが、実用化が格段に進んでいる産業もある。代表的なものが、医療現場で使われる「手術用のロボットシステム」であろう。

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東京医科大学病院の手術の様子

実用化されているシステムの共通点は、操作が直感的であることと、ユーザーが習得するべきテクニックがほとんどないことだ。また、操作ツールとロボットの動きの比率を変更して繊細な動きに対応するなど、ロボットにかかる負荷を操作ツール側にフィードバックする機能の開発などにより、更に使いやすいものに進化している。

現在、私たちは、コンピュータのプログラミング知識がない状態でも、各社メーカーのパソコンやスマートフォンを使いこなしている。それは操作自体が劇的に容易になり、手順が共通化されているからだ。

つまり、ロボット構造やプログラムについての知識がなくとも、ロボットを簡単に操作できる仕組みがあり、その手順が各社共通であったならば、ロボットは急速にパーソナル化していくのだ。ありとあらゆる場面でロボットが使われる世の中になり、その結果、ロボット業界全体の活性化が進む。

ロボットはものづくりだけではなく、人の生活を一変させるだろう。 

 高丸工業でのロボット開発

高丸工業では、「遠隔PC操作溶接ロボットシステム」を開発するにあたり、次の仕様を心懸けてきた。

・直感的かつ簡単な操作で各メーカーの各機種ロボットを同様に操作できる。

・マスターとなる操作ツールはロボットメーカー、機種を問わず、共通のもので操作する。

・各ロボットメーカーが保有するセンサ機能などの技術はそのまま活用できる。

・対象作業のデータをユーザーのノウハウとして蓄積できる。

・作業アプリケーションとツールを変更し、様々な作業をこなすことができる。

・通信速度の差によって精度や作業性が変化しない。

 

これらの仕様を満足するための方策として、開発当初より、マスターとなる操作ツールは、各ロボットメーカーが提供しているオフラインプログラミングソフトウェア(OLP)を活用することを心懸けてきた。

OLPは、10年ほど前から各ロボットメーカーで採用されるようになった技術で、マウスでのドラッグ&ドロップ操作ができるようになるというもの。

また遠隔操作だけでは、実作業を実施するに足る精度の確保は難しい。最初に取り組む対象作業は「アーク溶接」で、タッチセンサを活用することで、誤差を補正できる機能を備えたシステムとした。

当社の装置のセル内には10箇所ほどカメラが取り付けられている。そこで、OLPのバーチャル画像と各カメラ画像を重ねて表示する機能を開発。

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シュミレーションとカメラ画像を重ねて表示

操作方法は、シミュレータのバーチャルロボットをドラッグ&ドロップで動かし、カメラを切り替えて各視点から干渉の有無や位置の適正を確認後ロボットに指令を出すと、そこまでロボットが動くという実に簡単な手順である。

左:バーチャルロボットを動かす、右:実態のロボットが同様に動く.jpg

左:バーチャルロボットを動かす
右:実態のロボットが同様に動く

 解決できる課題

上記した通り、数々の取り組みで解決できるであろう課題は次のようなものだ。

・ロボットメーカーを変更してもドラッグ&ドロップの操作手順を変えずに作業可能。

・ロボットメーカーを変更してもPCやディスプレイ、マウスなどは同一。

・極めて簡単な操作のため習得が容易。

・ロボットの構造、制御内容等を理解する必要がない。

・ワークやジグのデータが必要なく一品物生産にも適応できる。

・ロボット、ケーブル類、ホース類などの干渉を画像で目視確認できるため未然解決が可能。

・通信の遅れによる実際のロボット動作の誤作動がなくない。

・溶接作業を事務所、自宅などで行うことができ、障害を持つ人でも溶接作業に加われる。

・習熟した溶接士が使用すれば勘所がデジタルデータ化できる

・大量生産ラインであっても一定の不具合を遠隔で復旧することができる。

・ワークの変更にともなうティーチング修正作業などを遠隔で対処できる。

 

上記以外にも可能なことは多くあるが、ロボットの操作手順が極端に簡単になることや、特殊な技能を必要とせずに製造を行うことができるメリットは非常に大きい。事実、都度設計で特注のロボットシステムを製造してきた高丸工業内では、事務作業員の女性がわずか1時間程度の指導で溶接作業に加わることができるようになった。

もう、個人が当たり前のようにロボットを使う時代は夢物語りではないのである。

ロボットアプリケーションメーカーは人の生活を大きく変化させ、ロボット業界内では、IT業界のGAFAMのような情報技術企業の創出が続いていき、日本が未来永劫ロボット業界を牽引する筋書きが日本には備わっている。

ロボット業界は、現段階で、紛れもなく日本が世界一だ。失われたと言われる「Japan AS No.1」の思想が復活する素地は整いつつある。

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