溶接女子・市原萌さん、溶接技能を生かしたフリーランスエンジニア

20/07/10

 溶接業界でフリーランスエンジニアという言葉は耳馴染みが薄い。溶接士は決められた工房で溶接業務を行う職人というイメージが根強いこともあるが、溶接士は独立しても横の繋がりが少なく決められた業界から仕事を受注し続けている「1人親方」である場合も多い。溶接工房クリエイティブワークスで溶接加工を担当している市原萌氏は、インテリアメーカーから依頼があれば相手先の企業で溶接加工を行い、引き合いがあれば初心者向けの溶接ワークショップを開催する。活躍の幅を限定しない「溶接は楽しい」と発信するフリーランスの女性溶接士である市原氏を取材した。
 今では複数の企業から溶接業務の受注がありフリーランスとして活躍する市原氏は、専門学校を卒業後、木材で企業用の特注インテリアなどを製造するメーカーに就職した。4年間の木工職人を経てドイツに渡り、木工玩具のメーカーに務めていた時に、「木と鉄の技術両方使えれば自由度が各段に上がる」とアドバイスされたことを受けて、日本に戻ってから職業訓練校で溶接を学び溶接士となった。
 職業訓練校の講師も務めるクリエイティブワークスの宮本卓社長と知り合い、現在は、同社でも溶接業務を手伝っている。溶接を軸としたフリーランスになるまでの経緯を、「最初は木だけでなく鉄も自由に加工できるようになりたいと考えて溶接コースを受講した。始めてみると溶接はスポーツのようで、やればやっただけ技術が上達するため楽しくて夢中になった。ティグ溶接と半自動被覆アーク溶接を中心に勉強していたが、職業訓練校は半年で終わるため、より多くの知識や技術を積み上げる目的で溶接町工場に就職し、現在はフリーランスになった」と話す。
 フリーランスへの道のりは順風満帆というわけではなく、市原氏は就職した溶接町工場が馴染まずに1年で退職した。女性トイレや女性更衣室などの設備がない町工場が多い一方で、女性技能者の雇用に対して国や県が補助する仕組みがある地域もあり、雇用に対する窓口は広い。就業する難易度を低くしても、就職先に過去女性が居なかった場合、在籍している男性技能者と距離が生まれてしまうことも多い。市原氏は「溶接士を確保する取組みは、女性雇用や外国人雇用の促進ではなく溶接の楽しさを訴求することが大切だ」と考えるようになった。
 市原氏は、溶接士になると決めた時に、両親や友人から「危険な仕事」と心配されたといいう。両親や友人などの、溶接業務に対するイメージはバチバチと散る火花が危険な仕事という印象ばかりで、火花がほとんど散らないティグ溶接を知る人は少ない。市原氏は、「溶接といえば火花の散るアーク溶接というイメージから、静かで手先の器用さが求められるティグ溶接というイメージに変革すれば、溶接の魅力は伝わりやすくなる」とティグ溶接のワークショップを開催するようになった。
 現在市原氏は、クリエィティブワークスで開発した手押しで運ぶことができるティグ溶接キットを使って、シェアカフェなどで溶接の魅力を伝えるワークショップを開催している。都心のカフェでドリンクを飲みながら溶接を体験できる「溶接カフェ」は体験者は1000円で、溶接で端材を接合してメタルフラワーを作ることができる。同イベントは子供連れの家族参加も多く、「溶接は楽しい」を広めるフリーランスの女性溶接士の活躍は続きそうだ。

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