秋葉原日記 (ライブラリ)

今年の3冊プラス1

 今年読んで面白かった本の中から3冊。
 森沢明夫『虹の岬の喫茶店』 その喫茶店は、長い上り坂を登りトンネルを抜けてすぐのところを左折、断崖に突き当たるすぐ手前にあった。小さな岬になっていたのだ。
 喫茶店は、青いペンキで塗られたいかにも手作りといった風情の小さな木造の建物。店には大きなガラス窓があり、その窓から見える風景は、とびきりの絵画とでも言いたくなるようなものだった。
 コーヒーを注文すると、店主の女性が客を見てカップを選び、客にあった音楽をかけてくれる。
 この喫茶店を舞台に、6つの珠玉の物語が紡がれているのだが、読後感がよくて、読み終えても本を手放したくないようだった。
 この喫茶店にはモデルがあるのだろうか。もし、実在するようならば岬好きの自分としては是非訪ねてみたいものだと思ったのだった。(幻冬舎刊)
 野嶋剛『ふたつの故宮博物院』 北京と台北と二つある故宮博物院。もともとは中国歴代王朝が受け継いできた秘宝や精華である文物を収蔵公開する場として北京の紫禁城(故宮)に設けられたものだが、国共内戦の折り、敗走する蒋介石の国民党が故宮文物の中から精選して台湾に移送し設置したのが台北の故宮博物院。
 本書では、こうした二つの故宮博物院が生まれた経緯や背景などが詳述されているが、あくまでも政治的外交的存在として故宮博物院をとらえているのが本書の特徴。
 この結果、きわめて興味深いいくつかの論考が提示されている。
 一つは、蒋介石がなぜにあそこまで故宮博物院文物にこだわって困難な台湾移送を実行したのかということ。それは、一言でいえば、歴代王朝がそうであったように、政権後継者としての正統性を主張するために中国の精華である文物に固執したということ。日本流にいえば、それは正当な皇統を意味する「三種の神器」に相当する意味合いを持つものであろうと述べている。
 今一つは、故宮博物院が発現するものは、連綿として歴代王朝が誇ってきた「中華の優位性」にほかならないということ。
 結局、本書は、故宮博物院という世界にも傑出した博物館の運命をたどりながら、「中華」とは何かということに切り込んだものだと言え、中国と台湾という二つのアイデンティティを論じている。(新潮選書)
 河北新報社『河北新報のいちばん長い日』 3.11東日本大震災で自身被害に遭いながらも1日も休まずに新聞を出し続けた地元新聞社の苦闘の記録。新聞社自身がまとめたドキュメンタリーである。
 河北新報は、仙台市に本社を置き宮城県を中心に東北地方をカバーするブロック紙で、1897年の創刊以来110年余もの間1度も発行を途切らせたことがなかったが、このたびの震災では、本社の組版サーバーが倒壊したり、沿岸部の支局が流出したほか、販売員10数人の犠牲者を出すなど発行の危機に直面することとなった。
 本書では、本社の様子から取材の第一線、配達の前線などと同時進行的にドキュメントが綴られていて、それも新聞の取材と製作を内容とすることだけに終始緊迫感もあり、新聞を作るものたちの熱き思いが伝わる一流のドキュメンタリーとなっていて読み応えがあった。
 なお、こうしたドキュメンタリーを可能ならしめたのは、河北新報社が震災から1ヶ月を経た時点で社員を対象に行ったアンケート調査。そこでは、「その時」はどうしていたのか、「それから」どんなことを考え、どのような行動を取ったのかということから、不便だったこと、感激したことなどと公開を前提に自由に記述させていて、このアンケートがベースになって本書が誕生したもののようだ。
 誠に貴重な試みということになるが、これが新聞社として自身の行動の検証ということになるし、河北新報社にとって全社員が大震災を共有できることとなり、一体感の醸成に役立つものだったのであろう。(文藝春秋刊)
 以上の3冊にまとめようとしたのだが、年末に読んだ本に面白いものがあって次の1冊を追加することとした。
 小澤征爾・村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』 格別のクラシック音楽ファンというのでもない、いわばずぶの素人が読んでも面白くて楽しく読んだ。音楽を題材にしていてこういうことは、やはり一流のものだけが持つ二人の魅力のなせるところなのであろう。
 話題は小澤に村上がインタビューするという形で進んでいる。
 小澤が音楽について面と向かって根掘り葉掘り聞かれることは意外に少ないもののようで、村上の探求の結果、小澤自身が音楽に対するとらえ方や感想を再確認することともなったようで、このことについて小澤自身が率直に感心していたことも面白いことだった。
 時には、村上が理屈を詰めていこうとすると、小澤は「あのね、あなたとこういうことを話していて、それでだんだんわかってきたんだけれど、僕ってあまりそういう風にものを考えることがないんだね。……楽譜に相当深く集中します。……ほかのことってあまり考えないんだ。音楽そのものことしか考えない。……」と言っている。
 また、小澤の数多くの興味深いエピソードが盛り込まれていて楽しい。シカゴではたくさんのブルースを聴いたとか、森進一が好きだなどというものまである。(新潮社刊)

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お断り=本年は本日が最終号です。ご愛読ありがとうございました。新年は1月5日号からです。来年もどうぞよろしくお願いいたします。


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