秋葉原日記 (ライブラリ)

中村文則『王国』

 2年前の前作『掏摸』は、スリのディテールを丁寧に描いて傑作だった。
 そこに登場した木崎という人物は、闇社会に生きるものの理不尽な緊張感を高めていた。スリの持つ情緒などというものを一切無視した究極の悪だった。
 本書ではこの木崎が、再び登場する。さらに不気味な悪として。関わってしまったことが間違いだった、そう思わせられる。逃れようのない恐怖感がどこまでもまとわりつく。
 ユリカは高級コールガール。矢田という男のもとで美人局をやっている。
 ある日、幼い頃同じ施設にいたという長谷川から声をかけられ、木崎を紹介される。
 店を出たところでユリカは雑踏の中で男に呼び止められ、なぜ木崎と会った、あの男には関わらない方がいい、何というか、化け物なんだ、と告げられる。
 ついに木崎と関わってしまったユリカ。しかも、矢田と木崎は競合関係にあるらしい。
 矢田からも木崎からも容易には逃げられないと知ったユリカは……
 「このままだと、わたしは意味がわからない」と自分の死に直面し恐怖よりも戸惑いを隠さないユリカ。意味がわからず死んでいくのをみるのが好きなんだ、と木崎。
 あまりの不条理に身がしぼむユリカ。蟻地獄から這い上がれないもどかしさと恐怖感がつのる。
 文章がいい。言葉一つだけで、まとわりついて離れないような不気味さを表現していることには感心させられた。シリアスな文学作品である。
  前作『掏摸』の姉妹作だろうが、前作を読んでいる必要はない。というよりも、本作を読んではきっと前作を読みたくなるであろう。
 前作よりも不条理な不気味さは際だってきている。ただ、その分、前作が持っていた情緒は薄まってしまっていた。
(河出書房新社刊)

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