秋葉原日記 (ライブラリ)

山本義隆『福島の原発事故原発をめぐって』

 東京電力福島第二原子力発電所の事故については、すでにおびただしいほどの出版があるが、そういう中で本書を手にしたのは、著者に非常なる関心があったからである。
 著者山本義隆は、1960年代末の東大紛争時、東大全共闘の議長だった。山本は、理学部物理学科を卒業、当時、大学院の博士課程に進んでいたが、紛争後中退を余儀なくされた。秀才として知られたが、大学に戻ることはなかった。予備校の教師の傍ら科学史の研究を手がけている。この間、世間に顔を出すことは少なく、時折、著作物を上梓したときなどに報じられる程度である。それも著作物は物理学や科学史に関わるものが大半である。
 その山本の著作である。しかも、いくつか学び考えたこと‐という副題が付いている。あの山本がこのたびの原発事故に直面してどのように受け止めたのか、興味が持たれた。
 独自の視点だな、というのが、まずは率直な印象。それに、山本は原子力についてこのたびの福島の事故の発生に関わりなく常日頃から思索してきたもののようで、科学史家らしく膨大な文献に目を通していることがよくわかる。しかも、山本は現在の立場はもはや誰にはばかることもおもねる必要もないもの。一切の特殊な背景を持たないものの思索として格好のものだろう。
 山本の論点はいくつかある。
 一つは政治的なこと。日本の原発開発は原爆開発を前提としたものであり、核爆弾を持たないながらいつでも転用できる態勢を築き国際社会における政治的位置を保つことがねらいだというのが視点で、「原発開発はエネルギー政策を超えた、外交政策、安全保障政策の一環である」と論じている。
 二つには科学的なこと。科学技術は科学理論の生産実践への適用だが、理論から生産までの距離はきわめて大きい。電気科学理論から電気工学までの距離に比べて化学理論から化学工業までの距離がさらに大きい以上に、原子核物理学から原子核工学‐核兵器生産と原子力発電までの距離はもっと大きく、このため、化学工業がもたらした公害などとは比較もできないほどの大きな困難と問題を内包していると指摘している。
 つまり、民生用に転用されたその技術は実際にはきわめて未熟で欠陥を有したものだといい、原発の放射性廃棄物は化学処理することはできなく、無害化することも、その寿命を短縮することもできないとし、「無害化不可能な有毒物質を稼動にともなって生みだし続ける原子力発電は未熟な技術と言わざるをえない」と断じている。
 三つ目は技術的なことについて。「日本の原発技術は高い、日本の安全基準は厳しいとしばしば主張されてきた。それがまったくデタラメであったというわけではないであろう。実際、個別の技術、たとえば溶接技術や金属材料の製造技術では日本はきわめて高いレベルにある」ものの、「原子炉はきわめて大規模な構造物で、数多くのさまざまなサイズの溶接された配管や弁が付属し、それらの大部分が遠隔的に操作される複雑な構造を有している」として、そこには人間のミスがいくらでも入り込む余地があると指摘している。
 ここに展開されている内容は、実は目新しいものではない。これまでにも様々に論じられてきたことばかりである。さらに意地悪くいえば、だからどうしたと反論が出るようなものであろう。
 それでも、このたびの原発事故に直面して、事故とどう向き合うのか、この先原発をどうするのか、議論をする際の一つの対極として参考になるであろう。
 ただ、いわゆる原子力村を原発ファシズムと呼んだり、時に頭をもたげる激しい反権力の姿勢は山本の経歴を彷彿とさせるもので、そのことが面白かった。
(みすず書房刊)

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