秋葉原日記 (ライブラリ)

河北新報社『河北新報のいちばん長い日』

 3.11東日本大震災で自身被害に遭いながらも1日も休まずに新聞を出し続けた地元新聞社の苦闘の記録。新聞社自身がまとめたドキュメンタリーである。
 河北新報は、仙台市に本社を置き宮城県を中心に東北地方をカバーするブロック紙で、1897年の創刊以来110年余もの間1度も発行を途切らせたことがなかったが、このたびの震災では、本社の組版サーバーが倒壊したり、沿岸部の支局が流出したほか、販売員10数人の犠牲者を出すなど発行の危機に直面することとなった。
 本書では、本社の様子から取材の第一線、配達の前線などと同時進行的にドキュメントが綴られていて、それも新聞の取材と製作を内容とすることだけに終始緊迫感もあり、新聞を作るものたちの熱き思いが伝わる一流のドキュメンタリーとなっていて読み応えがあった。
 地震発生直後の本社。大きな揺れに見舞われ、電気・ガス・水道がストップ。このうち電気は幸い自家発電装置が作動しすぐさま復旧。
 しかし、調べてみると、組版サーバーが倒壊していることが判明。この頃の新聞社は新聞製作の全体がコンピュータ化されており、とくに組版サーバーは端末の組版システムを統括する編集上のキーとなる部分。これが倒壊したとなると印刷システムが無事であっても新聞が作れないということになる。
 当面、当日の号外と翌日の朝刊をどうするかということに。ここは「緊急時の新聞発行相互支援協定」を結んでいる新潟日報が救いの手をさしのべてくれることとなり、新潟で紙面を作り、そのデータを河北の印刷センターに送り印刷できることとなった。
 一方、この間、取材の第一線では、流出した支局があったり、パソコンが使えず原稿を手書きし電話で送稿したり、被災地に入ろうとする記者たちは道路が寸断されたりの悪戦苦闘。
 他方、本書の内容を分厚くしているのが、配送から配達に至る前線の動きが克明であること。
 取材や紙面などという日のあたる部分のみならず、日頃は表面に出ることの少ないであろう、印刷所から新聞販売店への配送や末端への配達に至るまでが綴られているのだが、この部分が実はもっとも読者に近いということを教えてくれていて、生々しい声を伝えていたのは新鮮な驚きだった。
 こうしたドキュメンタリーを可能ならしめたのは、河北新報社が震災から1ヶ月を経た時点で社員を対象に行ったアンケート調査。そこでは、「その時」はどうしていたのか、「それから」どんなことを考え、どのような行動を取ったのかということから、不便だったこと、感激したことなどと公開を前提に自由に記述させていて、このアンケートがベースになって本書が誕生したもののようだ。
 誠に貴重な試みということになるが、これが新聞社として自身の行動の検証ということになるし、河北新報社にとって全社員が大震災を共有できることとなり、一体感の醸成に役立つものだったのであろう。
 ところで、本書を読んでいて気がついたこと。それはこの新聞社の特徴というのか、伝統というもののこと。
 つまり、報道に際しセンセーショナルを好まず、地味ながらも抑制された姿勢がうかがえることだった。
 例えば、宮城県知事が地震発生後に「死者は万単位」と述べた見通し(この見通し自体が地震発生間もないことだったのでその大胆な見解に驚かされてもいたのだが)について、整理部員はどのような見出しをつけるのか悩み、そのまま「死者は万単位」ではなく、「犠牲万単位に」としたあたりにも、犠牲者あるいは読者を気遣う報道姿勢を感じたのだった。
 そのことは、河北新報を購読したことはないものの、この新聞社が4月に出版した特別報道写真集『3・11大震災』を読んだ時にも感じていたことだったのだが、河北新報がいつまでも地元ともにあり、被災者に寄り添うという姿勢が一貫していることがわかって大変好ましいものだった。
(文藝春秋刊)

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