秋葉原日記 (ライブラリ)

水島臨海鉄道

 このたびの第57回全国溶接技術競技会が開催された三菱自動車工業水島製作所は、最寄り駅が水島臨海鉄道の水島駅。
 水島臨海鉄道は、JR貨物や倉敷市などが出資している第三セクター鉄道で、臨海鉄道はおしなべてそうだが、この路線も当初は貨物線としてのスタートで、現在も収入は貨物が旅客を上回る。
 旅客営業区間としてはJR倉敷駅に接続する倉敷市駅と三菱自工前駅を結ぶ10.4キロで、駅数は10(起終点含む)。
 倉敷駅の南口側に倉敷市駅があり、ホームは片側1線。
倉敷市発9時29分。列車は1両のディーゼルワンマン運転。発車してすぐに高架線となり、倉敷市街を抜けた後水島臨海工業地帯へと突き進む。
 この日は土曜日だったのだが、普段の通勤者とは別に競技会関係者が大挙して乗車していたからほぼ満席に近い。
終点の一つ手前水島駅9時58着。ここで大半が下車した。競技会場へはここが便利。終点まで乗ってしまうと随分と歩かなければならなくなるようだ。
 自分はそのまま乗っていた。時間はまだ早いしせっかくだから終点まで乗ってすぐ引き返すつもり。三菱自工前10時00分ちょうどの到着。結局、終点で降りたのはたったの3人だった。
 三菱自工前駅は道路の真ん中に島式片側1線のホームがぽつんとあるだけで、まるで路面電車のホームの風情。付近は工場群で、この日は土曜日だから人も車も見えない。目の前が三菱自工の工場だった。
 なお、旅客扱いはここまでだが、線路はこの先に延びており、貨物営業が行われているようだった。
 この駅に降り立つのは3度目だし、付近には取り立てて何もないのだし、すぐに引き返そうとしたのだが、折り返しの列車は10時台は1本もなくて、次は11時13分となっており、何と1時間以上も待たなければならない。そこで、仕方がないので一駅を歩いて戻ることとした。
 ところが、三菱自工の工場はとても大きくて出入りの門が幾つもあるようで、競技会場への最寄りの門は現在地からはちょうど反対側になるとのこと。歩いたら30分ほどはかかりそうだった。幸い、駅のすぐ前の門で事情を話したら特別の計らいで構内を突っ切らせてくれた。
 この水島製作所は三菱自工の主力工場だということで、一貫生産工場のようだった。この頃では電気自動車の生産が評判になっている。
 1943年(昭和18年)の設立ということで、当初は三菱重工業の航空機の工場だったとのこと。わずか2年のことながら一式陸攻と呼ばれた戦闘機500機などを生産したという。

mizushimarinkaisen.jpg
(三菱自工前駅の模様)
  

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