秋葉原日記 (ライブラリ)

五百旗頭真『経済大国の漂流』

 さかのぼり日本史シリーズの1巻目。戦後編。NHKテレビで放映されたものの書籍化で、さかのぼりとは、編年体による通史ではあるが、時代を下るのではなくてさかのぼるように歴史を概観しているのが特徴。
 1巻目戦後編では、1989年の冷戦終結・日本の試練から1951年の戦後の原点・講和と安保へとさかのぼっている。
 著者は、防衛大学校校長で、東日本大震災復興構想会議議長という強面の肩書きを持つが、政治外交史を専攻する学者であり、日米関係をはじめ政治外交に関する著書も多く、売れっ子の論客でもある。
 戦後を振り返ってターニングポイントは、東西の冷戦構造が崩壊した1989年だったとし、それはその後の失われた20年へと突入してゆく発端だったとまずは設定している。そしてこれを境に日本は国全体が漂流しているのだと。また、1989年は実は日本経済が戦後のピークを迎えた時期でもあったと。
 そして前後して、イラクのクエートへの侵攻に端を発した湾岸戦争について。日本は最終的には130億ドルにも上る巨額の戦費を拠出しながら国際的には全く評価されず、これは日本の政治外交政策の「敗北」だったと断定している。
 それは「世界のリーダー国としての評価に見合う貢献をしたかどうかという、日本人の国際認識の枠組みそのものが問われた」のだとしていて、そこに至る遠因は「敗戦直後にセットされた認識を、戦後40年以上を経ても変えることができなかった」ことに問題があったのだとも。
 つまり、冷戦時代には、アメリカとの同盟関係によって防衛をまかせ、経済成長を謳歌することができたのだが、冷戦終結に伴ってグロバール化が進んで国際関係が変化しているいるにもかかわらず、自らの外交政策に確固たるものを持たず、しかもよりどころを失って漂流を始めたのだというわけである。
 この先、1982年の戦後政治の総決算のゆくへ、1955年の吉田路線の選択へとさかのぼり、戦後日本を方向づけた吉田茂へと行き着いている。
 吉田は、「戦争に負けて外交に勝った歴史はある」との信念から、「親米」と「軽軍備」を基本方針とした。
 それが驚異的な経済成長を促すこととなったのだが、その吉田路線を「吉田ドクトリン」としたところから今日の漂流の萌芽があったと指摘して結んでいる。
 つまり、ドクトリン化すなわち教義化してしまっては変化への対応はかなわないというわけである。
 さかのぼり日本史というから、さかのぼることによって歴史はどう見えてくるものなのか、非常な興味があって読んだが、戦後政治がコンパクトにまとめられており、しかもすぱっとした論調だからわかりやすく、こういう視点もあるのかということでは面白かったが、肝心のさかのぼりということに関しては記述にもう少し工夫が欲しいようだった。
(NHK出版刊)
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