秋葉原日記 (ライブラリ)

長州路に遊ぶ

 昨日までの三連休は山口に旅行、萩から長門へと長州路を巡った。萩も長門も初めてではなかったし、あれもこれもと欲張らずにあれかこれかとじっくり二つの町を見て回った。
 萩はもとより毛利家長州藩36万石の城下町であり、幕末には数々の逸材を輩出して維新を成し遂げたことはよく知られるところであり、志士として名をはせた者たちの旧宅などもあって名所旧跡も数多い。とくに城下町の風情を色濃く残し往時を偲ばせる路地をそぞろ歩くのは楽しいものだった。
 また、長門は仙崎や深川などといくつかの旧町村が合わさった町で、美しい海岸風景と天然の良港が生み出す豊かさが感じられて印象深いものだった。
 仙崎では金子みすゞ記念館を訪れた。ここはこのたびの旅では是非にも見学したいものだと念願していたところ。
 記念館はJR仙崎駅からまっすぐ伸びた商店街を数百メートルほど行ったところ。通りはひなびているが、かえってさほど広くもないから車の往来も少なく、ぶらぶら歩くにはちょうどいい。
 それよりも興味深かったのは仙崎駅。山陰本線の通称仙崎支線の終点で、山陰本線長門市駅からわずか1駅2.2キロの区間。
 小ぶりながらなかなか情緒のある木造駅舎で、内部を見て驚いた。壁一面が金子みすゞを描いたモザイク画となっているのだ。それもかまぼこ板を何と2万枚も使ってつくられたのだそうで、かまぼこはこの地方の特産品。
 かまぼこ板は1枚が10センチ×3センチほどか。この1枚1枚に旅行者らが寄せた様々なメッセージが書き込まれており、「心が洗われた」「いつまでも美しい心でありたい」などとあった。
 仙崎駅を見てから金子みすゞ記念館へと歩いた。ここはみすゞの実家があったところで、金子文英堂が再現されているほか隣接して記念館が設置されている。
 記念館には26歳で逝ったみすゞの生涯が、みすゞの作品ととともに紹介されていた。
 金子みすゞを初めて知ったのは20年ほど前のことだろうか。仙崎駅に降り立ったのもみすゞの実家跡に立ち寄ったのも2度目なのだがあまり深い印象には残っていない。
 このたび改めてみすゞの生涯を知り、作品を読んで感じたことは、みすゞの童謡であり詩である作品は、透明感があってみずみずしさが際だっていること、事象の観察が実に細かこと、小さな命に対して慈しみに似た愛情のほとばしること、表現は素朴だがとても率直であることなど。月並みな印象だろうが、そういうことだった。
 金子みすゞはつい10年ほど前までは知る人ぞ知るといった存在だったが、近年静かなブームを呼んでいて、そこにこのたびの大震災でスポンサーが自粛したコマーシャルの代替として連日放映された公共広告で金子みすゞの「こだまでしょうか」が多くの人々の共感を呼び俄然注目されるところとなったのだった。
 そういうこともあって、記念館は観光客を中心に大変な人気ぶりだった。

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(仙崎駅の壁面にかまぼこ板を貼り合わせつくられたモザイク画)

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