秋葉原日記 (ライブラリ)

仮設住宅

 三陸沿岸の被災地を北から南へと走っていて気がつくのは、震災後初めて訪れた4ヶ月前の時点との違いは応急仮設住宅が数多く目撃できたこと。代わって被災から6ヶ月となって避難所は随分と閉鎖されたようだ。
 震災発生時には最大で46万人が避難生活を余儀なくされたとされ、しばらくは避難所での暮らしとなっていたが、その後相次いで建設された仮設住宅へと生活の主体が移っている。
 ただ、当初は建設地の確保や資材の調達の問題などがあって建設の遅れが目立ち、仮設住宅が行き渡るようになったのは被災から5ヶ月も過ぎた8月に入ってからだった。被災からちょうど6ヶ月を経た現在は5万数千戸といわれる必要戸数の9割ほどが提供されるようになってきているものの、なおまだ数千戸不足しているのが実情だという。
 もっとも、被災場所から遠隔地に建設された仮設住宅では入居を敬遠されるような事情もあるらしく、とくに病院通いのお年寄りなどでは少しでも足の便のよいところを希望する傾向にあるようだ。
 日本からのテレビ報道を見た中国人の間では日本の仮設住宅について「こんな立派な住宅だったら自分も住みたい」とコメントしているということだったが、しかし、現実には外見上まるで倉庫のようなプレハブ住宅もあって到底満足できるレベルにはないようで、住民の間では「贅沢は言えないが」と口を濁す人が多いということだった。
 こうした中で先週宮古市で訪ねた仮設住宅では立地と建築物に一工夫が見られた。
 西町公園といって宮古駅から徒歩10数分のところで、ここは住宅街の中の小公園という環境。ここに4棟21戸が建っていて、しかも建物の外壁がなす紺色をしており、まるで松林の中にたたずむ瀟洒な集合住宅という印象だった。
 建物は木造で、無機質な新建材が多いこの種の仮設住宅としてはめずらしい。
 設計した結設計の藤原昭夫さんによると、「杉という木造のぬくもりを大事にした。地元産の建材だからコストも抑えられている。外壁それ自体に断熱性もあり木材だから湿気防止にもなっている」という。
 無理をお願いして住んでいる人に建物の中を見させてもらった。
 なるほど、木材がふんだんに使われている。杉の節目がかえって安らぐようだ。天井も高い。
 住人の方は「この家に帰ってくるとほっとするんですよ。気に入っています。湿気もありません。天井が高いから冬の暖房が心配なくらいです」と言って喜んでいた。
 被災直後にはとにかく一刻も早く仮設住宅をとの要求だったが、少し落ち着いてきて、しかも数年は住むことになる住宅のこと、これからの仮設住宅としてこういう木造も一般化していくのではないか、そのように思われたのだった。

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(宮古市西町公園の仮設住宅)

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