秋葉原日記 (ライブラリ)

武田尚子『「海の道」の三〇〇年』

 「近現代日本の縮図瀬戸内海」との副題が付いている。著者は、社会学を専攻する学者で、現在は武蔵大学教授。
 瀬戸内海を日本有数の「海の道」と位置づけ、著者がフィールドワークの定点観測地点として設定したのが田島。江戸時代には福山藩、現在は広島県に属し、沼隈半島の眼前に浮かぶ島である。
 江戸期には、春から秋にかけて鯛漁でにぎわい、その漁期が終わると長崎地方の西海捕鯨へと出稼ぎに行った。網造りなどに特殊な技能を有する集団だった。
 また、近隣の鞆などと結んで島の眼前は徳川幕府の公定航路となっていて、公用船の漕手として漁民が制度的に組み込まれた。
 また、江戸末期から明治前半期にかけて、漁船、漁法などに近代化が進み、漁民の行動が広がるなどして、田島の漁民の中にはフィリピンのマニラへと出向く者も出てきた。マニラの事業隆盛によって母村の様子も大きく変化した。ちなみに広島県は日本有数の移民送出県だったらしい。
 戦後には、マニラにおける事業が壊滅、大半は帰島したが、折しも、漁民層には分解が起こっていた。
 一方、終戦を挟んでこの海の道は、北九州の石炭を阪神工業地帯へと運ぶエネルギー輸送の大動脈となった。
 また、それは石炭から石油の時代へと移るや石油エネルギー搬入の最終航路へと改造され、さらに進んで、石油コンビナート中心のエネルギーの備蓄・生産加工地域へと変貌していった。
 本書では、こうした田島に焦点を当てながら海の道としての瀬戸内海の300年の歩みを概観している。
 著者は、1993年から2006年にかけて現地調査を行い、186名に聞き取り調査を行ったということだが、その膨大なフィールドワークが本書の肉付けに厚みをもたらしている。
 地味なフィールドワークを徹底して積み重ねる社会学とはこういうものかとその実践事例を示されたようで大変に興味深いものだったし、その成果は、副題にあるとおり近現代日本の縮図を描くこととなっていた。
(河出ブックス)

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