設定が意表を突いている。
三島由紀夫(本名平岡公威)とおぼしき人物が無期懲役の刑を経て27年ぶりに仮出獄したというもの。
主人公平岡が、出獄後の住まいとして構えたのは2階建てのコンクリート造。文字通り墓か廟のようでもある。
この建物の地下室に平岡は美大彫刻科大学院生のS…君に依頼して等身大の人体模型の石膏像を作らせる。
そこはあたかもバーのあつらえになっており、バーテンダーが立ち、カウンターの端のスツールには大柄な中年男、壁際のテーブルには若い男女のカップル、真ん中のテーブルには「ご予約席」とあり、三つ目の最後のテーブルには五十恰好の小柄な女が座っている。
室内には、背景として談笑広がるバーだったり、街路のざわめきだったりする音を流せるようになっており、そこで平岡は太宰治が『人間失格』で「まるでもう、としの頃がわからない」と書いていたことに思いを致す。
一方、S…君の仲介により平岡は西伊豆に「塔の家」を建てる。高さ20メートルほどの八角形の塔で、頭部がガラス張りになっていて、隣に洋館が建っている。塔の頭部に登るには洋館からつながる通路があるだけだ。
ガラス張りの塔頂では月光を浴びることとなり、平岡は「たしかに俺はこういう場所で死にたかったのだ」としみじみ思う。
平岡は自分の残映に向かって、自分と世界、自分と他人、自分と自分自身との間にはいつでも隔たりがあり、距離があったと指摘する。そして、距離がないと落ち着かなかっただろう、誰からも、何からも侵されまいとして……とも。
平岡は、S…君の紹介で改悛老人クラブ(通称ROMS)に入会する。高額な会費で、年6回の食事。会員は12名限定。会員は80代が中心のようだが、詳細はわからない。
そこで平岡は、自分のパロディみたいなそっくりな男と出会う。
この男が伏線となって結末に向けてミステリーじみた驚愕の展開となる。
平岡は齢80を過ぎている。若い頃はおよそ倦怠とか悔恨とかを知るところではなかった。ただ、自分と他との間に必ず距離を置いていて、自分の存在に気がつくところではなかった。
それが老いて覚醒したのか、世の中を透徹した目で見ている。束縛から自由になったようだ。自分の足元が見られるようになったのだった。
設定の奇抜さに誘われて読み出した。三島が生きていたとしてどうしたのか、当然興味がある。
面白い。ふむふむとしたり顔になりながら読んでいた。とくに平岡が自分の若い頃を述懐するくだりが秀逸だ。
平岡はすでに世の中への一般的な出来事への関心を取り立てて覚えはしない。
しかし、今の世の中を見たら、平岡が若かったとしても、もはや市ヶ谷台のバルコニーに立とうとはしないのではないか、そのようにも思われたのだった。
(講談社刊)
A5判
314頁
ISBN:978-4-88318-560-3
価格:2,640円(本体価格:2,400円)
A4
138
ISBN978-4-88318-063-9
価格:2,200円(本体価格:2,000円)
溶接学会 溶接法研究委員会
B5判
258頁
ISBN:978-4-88318-060-8
価格:13,200円(本体価格:12,000円)