秋葉原日記 (ライブラリ)

ケイト・サマースケイル『最初の刑事』

 ノンフィクションである。
 扱われているのはロード・ヒル・ハウス殺人事件。
 この事件は今に至るも語り継がれているイギリスでは有名な事件のようで、決定的な物的証拠もなくその全容には解明されていない部分もあるようだ。
 事件は、1860年6月30日、イングランド南西部のロード村で起きた。現場はロード・ヒル・ハウスと呼ばれるサミュエル・ケント一家の館。一家の3歳になる息子サヴィルが惨殺されたのである。
 サヴィルは窒息させられた上、鋭利な刃物で首をかき斬られていて、使用人用の屋外便所にうち捨てられているというむごたらしさだった。
 地元警察が捜査に駆けつけたが、建物は厳重に施錠されていることが確認され、内部の犯行と思われたものの取り立てた確証も得られずしばらくして暗礁に。
 そこで首都警察に応援を求めたところ、派遣されたのが敏腕刑事のウィッチャー警部。
 ウィッチャーが現場に到着したのは事件発生から2週間が過ぎてからで、すでに肝心の物証も拡散してしまったところだったが、ウィッチャーは周辺の聞き込みと状況証拠の積み上げによって次第に犯人を絞り込んでいく。
 犯人として裁判所に訴えられたのは、サヴィルの16歳になる異母姉コンスタンス。コンスタンスの弟のウィリアムにも嫌疑がかけられる。
 しかし、決定的証拠もなくコンスタンスは無罪に。ウィッチャーは不名誉の烙印を押されてしまう。
 ノンフィクション作家である著者は、この150年近くも前の事件の全容を追った。
 資料の中心は当時の新聞。この事件は当時からセンセーショナルに扱われていたらしく、多くの新聞が克明に取り上げていた。また、関係者の談話や警察資料にも手を伸ばし事件の全貌を積み上げてゆく。
 登場人物の描写は克明だし、時代背景の解説も豊富である。それもあまりに豊富すぎてストーリーを整理するのに随分と手間をかけさせられたほどに。
 しかし、読者としても手はゆるめられない。誰が犯人なのか、真犯人は誰なのか、共犯者はいるのか、なかなか先が読めないもどかしさが募る。このあたりはノンフィクションなのにミステリーを読んでいるような趣でもある。
 ただ、ミステリーとして読んだ場合には重複する部分が多くて物語はやはり冗漫である。
 反面、ノンフィクションとして読んだ場合には、スコットランドヤードに刑事課が創設された経緯、そしてウィッチャーがその創設時8人の刑事のうちの一人だったというエピソード、探偵という職業が実は当初小説の世界で生み出され、それが現実のものとなったことなどが書き込まれているし、ヴィクトリア王朝時代の社会風俗が描かれていて興味深い。
 それにしてもコンスタンスとウィリアムの姉弟の波乱の人生は、これは第一級のノンフィクションであろうし、そのプロセスこそはミステリーである。
 ところで、本書は日経新聞の書評欄に掲載された富山太佳夫青山学院大学教授の書評で知って手に取ったのだが、本書を読み終えてこの書評はいかがなものかと思われた。
 つまり、絶句するほどに面白かったといい、何十年に1冊という推理物語であり、推理小説マニア、警察関係者、歴史学者などにとっては必読の本であり、「この本を読んだ跡では、テレビの推理サスペンスなど見る気がしなくなるであろう」とまで述べている。これはちょっとほめすぎではないか。
 けちをつけたくなるほど面白くなかったかといえばそうでもないし、まあ、本の面白さなどそれぞれのことだし、この仕掛けにまんまと乗ったのは自分だからある程度我慢もしなければならないが、書評の終わりの部分で、コンスタンスとウィリアムの姉弟について決定的事実誤認があったのは噴飯ものだった。ひょっとして書評の筆者は本書を読んでいなかったのではないか、そうまでも思われたのだった。
 なお、翻訳は日暮雅通だが、翻訳者は青山学院大学の卒業。書評者は同じ大学の英米文学専攻の教授。何かくさい、そう勘ぐりたくなる書評だった。
 ただし、本書の価値はこの書評の内容によって少しも貶められるものではないので念のため。
(早川書房刊)

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