秋葉原日記 (ライブラリ)

村松友視『帝国ホテルの不思議』

 著者には先に京都の高級老舗旅館を描いた『俵屋の不思議』という本があって、旅館で働く人や出入りの職人などの話をもとに、いかにも京都らしい老舗旅館の不思議を炙り出していた。
 本書でもこの炙り出し手法を用いて、今度は首都東京の高級国際ホテル帝国ホテルとは何かを浮かび上がらせている。
 それで取材した相手は、総支配人や総料理長、客室課マネージャーからドアマン、ベルマン、フロント、ロビーマネージャー、オールドインペリアルバー、ソムリエ、ルームサービス、ベーカリー、ペストリー、婚礼クラーク、宴会チーフ、そして靴磨きや電話オペレーター、ランドリーに至るまで、帝国ホテルのあらゆる職域、係員に及んでいる。
 本書は彼らへの徹底したインタビューで構成されているのだが、取り上げられた人物の業務内容ばかりか彼らの経歴にも及んでいるから面白く、およそ飽きることなく読ませられた。
 例えば客室課マネージャーの場合、宿泊者がチェックアウトし清掃された後のチェックは、まずにおいをかぎ、目をこらす。
 それも、「ソファや椅子に腰掛けてみて客の目線で集中的に見る」ことから「ベッドに寝てみて天井の亀裂点検し、バスルームではバスタブに実際にからだを横たえて汚れを探す」という徹底ぶりで、「前泊者の痕跡を消す」こととなる。
 帝国ホテルには泊まったことは都内のホテル故1度しかないが、食事や宴会、待ち合わせなどでたびたび利用している。
 仕事柄立場上高級ホテルを訪れることは珍しくもないが、帝国ホテルに足を踏み込むと他のホテルとはまた違った思わず襟を正させるたたずまいがあるように感じている。
 このことについて著者は、「ホテルという空間の押しつけがましくない、かすかなる抑制気分が、そこにいる人々の気持ちを洗練させてゆく……それこそ帝国ホテルに似つかわしい雰囲気というものだ」と述べていて、当たり前のことをしっかり当たり前にできるのが帝国ホテルだとも指摘している。
 そういえば、アメリカ人で東京ではこの帝国ホテルを定宿にしている友人がいて、いつだったか彼に何故いつも帝国ホテルなのかと尋ねたことがあったが、そうしたら「よく気がつくし、サービスが早い。それでいて押しつけがましくない」と語っていたことを思い出したが、これも帝国ホテルの不思議の一つを表しているのだろう。
(日本経済新聞出版社刊)

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