秋葉原日記 (ライブラリ)

竹筋コンクリート橋梁

 このたびの北九州出張では、帰途、小倉‐博多‐佐賀‐佐世保‐たびら平戸口‐伊万里‐唐津‐姪浜‐博多と北部九州を周遊した。
 佐賀に宿泊した後、翌早朝、佐賀から長崎本線、佐世保線を経て佐世保へ。佐世保からは松浦鉄道西九州線に乗った。
 松浦鉄道は、旧国鉄松浦線を転換した第三セクター鉄道で、佐世保でJR線に接続している。
 佐世保駅は、西側がすぐ海で、東側は山の上まで斜面にへばりつくように家並みが続いている。この駅で降り立つのは3度目だが、商店街なども備えた立派な駅舎に建て替えられていた。また、JRと松浦鉄道の共用駅で、1・2番線が松浦鉄道、3番から6番までがJRとなっていた。
 9時25分、2番線から伊万里行きディーゼル車ワンマンカーが発車。土曜日だから朝なのに列車はすいている。
 佐世保の駅前からは見えなかったが、発車してまもなく林立するクレーンが左窓にちらっとかいま見えたが、あれが米軍や海上自衛隊の基地、造船所のあたりであろう。
 佐世保、佐世保中央、中佐世保と細かく停車していく。とくに佐世保中央と中佐世保の間は短くて、動いたと思ったらすぐに停まったからどうしたのかといぶかしく感じたほどで、この間わずかに200メートル。これは日本一短い駅間距離なそうである。
 潜竜が滝10時21分。ここで下車したのは福井川橋梁を見たかったがため。このたびの北九州周遊のハイライトである。
 福井川橋梁は、吉井‐潜竜が滝間に架かる松浦鉄道の橋梁。この橋は、何と竹筋コンクリート橋梁だというのである。
 戦時中の架橋で、当時、物資窮乏の折、鉄筋の替わりに竹筋を強度部材として用いたらしい。
 その頃、九州管内4つの鉄道橋に竹筋が使用されたらしいが、現在も使用されているのはこの福井川橋梁のみである。
 潜竜が滝で降りたら、幸いなことにすぐ隣にタクシー会社があった。あらかじめ調べておいて徒歩5分ほどというし地図も持参してきてはいたのだが、客待ちをしていた運転手に道順を尋ねた。結果的にはこれがよかった。結構複雑な道順だったのである。教えられたとおりに歩いていたらほぼ迷うこともなくその橋は見つかった。
 橋は谷を渡るように架けられていて、3連のアーチ橋である。長さ79メートル、アーチ半径は10メートルとある。なかなかしゃれた設計で立派な橋である。しかもこの橋、調べてみたら、橋自体がカーブを描いているのである。下を県道が走っていて結構交通量も多い。
 もちろん外観から竹筋とわかるはずもないが、これが日本で唯一使用されている竹筋コンクリート鉄道橋かと思うとある種独特の感激もあった。
 橋の下、道路脇に国指定登録有形文化財としての解説の看板が立っていた。
 この福井川橋梁が竹筋コンクリート構造であるかどうかという証拠は実はない。地元の古老たちの証言として伝えられているもので、そこで、地元では大学の研究チームに調査を依頼したらしいが、断定はできなかったらしい。
 このことについて、このたびの出張で小倉で一緒になった非破壊検査の専門家に相談したところ、非破壊検査で竹と断定することは難しいのではないか、それも70年も前のものであればすでに劣化してしまっているだろうとのことだった。ただ、エックス線や電磁誘導などを用いれば少なくとも竹があった部分を空洞として確認はできるのではないかということだった。
 潜竜が滝からはたびら平戸口、伊万里、唐津などを経て帰途についた。
 なお、たびら平戸口は、一般の鉄道としては日本最西端駅である。また、沖縄都市モノレールが開通し那覇空港駅ができてその地位を譲るまでは日本最西端駅だった。
 昼食をとろうと下車したのだが駅前に食堂もなく、このたびら平戸口駅自体も単なる通過駅の一つでしかないから、最西端という格別の風情はない。ただ、駅前には「日本最西端駅」の立派な石柱が立っていた。座標は東経129度35分、北緯33度21分である。

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(竹筋コンクリート構造とされる福井川橋梁)

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