秋葉原日記 (ライブラリ)

西村賢太『苦役列車』

 このたびの芥川賞受賞作である。
 中学卒業から日雇いの港湾人足仕事で生計を立てる19歳の若者が主人公。学歴のみならず自動車の運転免許証すら持たない末にありついた仕事で、日当は5千5百円。生来の陰鬱な気質も加わって友達の1人もいないやさぐれの独り者。
 ぐいぐいと書き殴っているような文章。これはこれで話に似合った文体となっており計算尽くなのだろう。
 そのうち、学生アルバイトで仕事に来ていた同い年の者ともやっとつきあえる仲となったもののやがて決裂したし、仕事先も喧嘩沙汰で失った。
 主人公がこうした往時を振り返る話なのだが、それで終わりには、「最早誰も相手にせず、また誰からも相手にされず、その頃知った私小説家、藤沢清造の作品コピーを常に作業ズボンの尻ポケットにしのばせた。確たる将来の目標もない、相変わらずの人足であった。」ということに。
 文学への憧憬を伺わせていて、どうやら作者自身が投影されているとおぼしい。
 それでいて疎外感とか自己嫌悪とか、わかりきった言葉がなまじっか出てこないのがいい。
 ほんの少し前の小説なら得てしてそういうところへ表現がいったものだったが、この頃ではそういうことははやらないのだろうし、そこにこそこの作品の新しさがあるように感じられた。
 ただ、言葉遣いは巧妙で、冒頭、曩時(のうじ)と書き出す。なかなかこの頃では使われることの少ない単語で、この場合、昔といった意味だろう。
 また、確と、結句、どうで、やたけな、などという男っぽい乱暴な言葉を好んで遣う一方で、お菜、ぼく、おそば、おつゆ、などともあって、この若者の、思わず失笑させられる多層性も面白い。
 このたびの芥川賞は本作と朝吹真理子『きことわ』との2作同時受賞だったが、両作品が文体や言葉の遣い方という意味で際だった好対照を示していたのも面白いことだった。
(『文藝春秋』3月号所収)

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