秋葉原日記 (ライブラリ)

御厨貴『権力の館を歩く』

 「建築と政治」というなかなかユニークな視点から権力が論じられている。
 著者は政治史を専門とするが、現在は東京大学先端科学研究センター教授で、同時に同大学院工学系研究科建築学専攻教授を兼担している。先端研は文理融合のメッカと呼ばれているそうで、政治史学と建築史学とのコラボレーションもそういうところから進められるようになったものらしい。
 取り上げられている権力の館としては、西園寺公望の坐漁荘、近衛文麿の荻外荘を皮切りに、権力者の館として吉田茂大磯御殿、鳩山一郎音羽御殿、田中角栄目白別邸、中曽根康弘日の出山荘など、また、首相官邸などの権力機構の館や自由民主党本部などの政党権力の館も含まれている。
 いずれも歴史上政治の舞台となったところだが、著者が一貫としているところは建築が政治を決め、政治が建築を決めるという視座だ。
 この視点から各地に残る建築物あるいはその跡を訪ねながら、館の主人公の権力形成の過程と権力執行の模様から権力の本質に迫ろうとしている。
 坐漁荘や荻外荘のくだりはいかにも権力者の館として別格の意味づけをもたせているが、これも別格扱いの小沢一郎深沢邸が面白かった。
 小沢邸は、巨木が建物を囲んで一体となっており、敷地に広さの割に豪邸という印象はなく、「要塞」の思想で建築されていると述べている。
 それも、師である田中角栄邸のような開放性や広大な庭はなく、閉鎖性が強く、階層性が特徴だとしている。
 つまり、母屋らしきAブロック=住居部門、応接スペースのBブロック=接客部門、住居らしきCブロック=サービス部門から構成されていて、それぞれの建物は連結はされているものの複雑性が見られるとしている。
 この館に漂うのは時代を作る権力の興亡の現実を直視する切ないまでの刹那の感覚だとし、私的要塞である深沢邸は小沢の権力観のすべてが投影されており、政治が可能性のアートであるならば、小沢こそは建築と政治を可能性のアートまでに自覚的に広げた政治家その人に他ならないとまで述べている。
 館及びその主人公にまつわる要素部分は豊富で面白いのだが、ただ、惜しむらくは建築が政治を作るというエピソードにストレートにつながるものは読み出せなくて、また、建築物を訪ね歩くルポルタージュということでも今一つ惹きつけられるものが少なかった。
(毎日新聞社刊)

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