秋葉原日記 (ライブラリ)

わたらせ渓谷鉄道

 この連休中の9日、わたらせ渓谷鉄道へ乗りに出かけた。これが今年の汽車旅乗り初め。
 わたらせ渓谷鉄道は、群馬県の桐生市から栃木県日光市を結ぶ路線で、旧国鉄の足尾線である。全線44.1キロ、駅数は17である。
 起点の桐生駅はJR両毛線との接続駅で、この日、小山から向かった両毛線が5分も遅延、乗り継ぎ時間が4分しかなかったのだが、わたらせ渓谷線はこの列車への接続のため発車を待ってくれていた。
 もっとも、わたらせ渓谷線はJR駅に間借りしていて、独自の駅舎はもちろん改札もホームもなくて、ホームもJRの4番線を専用にしている。旧国鉄同士のよしみというところだろう。
 この桐生駅を定刻9時30分発のところ3分遅れて列車は発車した。
 発車して一つ目の下新田までは両毛線と並行。次の相老は東武桐生線との接続駅で、一つ経て大間々はこのわたらせ渓谷鉄道の本社・車両基地があるところ。ここから渡良瀬川に沿って走る。
 列車は2両編成のディーゼルカー。いつもは1両なのだが、日光初詣企画キャンペーン中ということで増結しているらしい。運行もいつもはワンマン運転のところをこの日はガイドを兼ねた女性車掌が途中区間だけ乗っていた。その企画による団体客のせいか、車内はまずまずの混みよう。
 沿線に雪は全く見られない。というよりも、さんさんと降り注ぐ日差しで車内は暑いくらい。同じ席になった中年の男性はコートばかりかセーターまでも脱いでいた。
 渡良瀬川は車窓右側眼下を流れている。冬のせいか水量は少ない。水は澄んでいてハッとするほどの清流だ。川のよどみには薄氷の張っているのが見て取れるから、車外はやはり寒いのだろう。
 神戸(ごうど)で女性車掌が降りた。ここから折り返すらしい。この神戸には車両を改造した清流レストランという食堂がホーム際にあった。
 この神戸を出てすぐに長いトンネルに入った。車内アナウンスによると全長5242メートルといい、なるほど長い。6分ほどを要しただろうか。トンネルの中だからわからないが、地図で見るとちょうどこのあたり沿線右側には草木湖というダム湖があるらしい。
 トンネルを出ると沢入(そうり)。ここから渡良瀬川は左窓に移った。そして渓谷美が一層増してきて、ここから原向までがこのわたらせ渓谷線のハイライトだろう。巨岩巨石がごろごろしている。白い石で御影石だろう。
 産業遺産足尾銅山観光の拠点である通洞で団体客が降りたら車内ががらんとした。
 左右に銅山の施設が続く。錆びて古ぶるしい。また、かつての社宅群だったのであろう、赤い屋根の住宅がたくさん見えたが、これらの一部には今も人が住んでいるようだった。
 次の足尾を経て終点間藤10時57分着。ここまで乗ってきたのは4組5人だけだった。
 間藤駅は片側1線のホームがあるだけ。駅前には古河の工場があったが、この日は日曜日だったので人通りはまったくない。駅の周辺には商店も見当たらない。
 この駅前にたたずむのはおよそ10年ぶり2度目だが、駅前の様子は全く変わっていないようだ。
 ただ、駅舎は新しくなったようで、手芸教室が併設されていて、住民の集会所としても活用されているようだった。
 ところで、このわたらせ渓谷鉄道は自分にとってはちょっと変わったことで印象深い。
 つまり、国鉄全線完乗の奮戦を記した宮脇俊三著『時刻表2万キロ』で最後の1線がこの足尾線だったのである。
 同書はわが国鉄道紀行文学の傑作ドキュメンタリーだが、宮脇さんは最後の1線を「足尾線にはわるいが、最後の一線はもうすこし情緒のある線区、たとえば、一日二往復しかない中湧別‐湧別間あたりで乗り終えて夕方のオホーツク海岸をひとり感慨にふけりながら…」と書き出していた。
 自分も宮脇さんの多くの著作に啓発されて鉄道好きが高じたようなもので、2003年7月17日のJR線全線踏破の折には、同書のことが頭にあって1年くらい前から最後の1線をどこにするか腐心もし、結局は留萌本線増毛駅にしたのだった。
 間藤の駅舎には、2003年に逝去した宮脇俊三さんに関する資料が展示されていて、なるほど、宮脇さんの最後の1線は自分のみならずかくも多くの人の印象となっているのだと改めて感じたのだった。
 帰途は、このままバスを乗り継いで日光へと向かうルートもあったのだが、この日はそのまま折り返した。
 途中、水沼で下車し、水沼駅温泉センターで立ち寄り湯を楽しんだ。この温泉センターは1番線上りホームに面していて、改札を経ることなしにホームからそのまま温泉に入れる。入浴料500円。
 温泉センターは住民の保養所といった趣で、お風呂もその共同浴場といった感じ。無色無味無臭の単純泉で温泉らしさは感じられないが、湯量の多いことと、そして湯温が自分の好みに合っていた。43度くらいか、一般の人にはちょっと熱いようだったが、とても気持ちよくて満足できた。
 その後も乗り継いで終点桐生まで戻った。ここからは歩いて15分くらいのところにある大川美術館に寄った。
 この美術館は松本竣介に関するコレクションが充実していて自分の好きな美術館の一つ。これが4度目だったが、いつ来ても竣介の静謐な世界に浸れてうれしい。
 結局、今年の旅初めは、ローカル線の旅情を味わい、温泉で熱めの風呂に浸かり、好きな画家の絵に触れ合えるという至福の一日を過ごすことができたのだった。

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(間藤駅に停車中のわたらせ渓谷線列車)
  

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