秋葉原日記 (ライブラリ)

大晦日は石廊崎

 今年の年末年始休暇は、少なくとも関東地方は晴天の穏やかな日和が続いた。ただ、ニュースで見ると、他の地方では大雪などで大荒れ模様のところが多かったようだから、何か申し訳ないようなほどだった。
 このたびの年末年始休暇では、いつもの通り大晦日に鉄道によるぶらり一人旅に出かけた。この大晦日のぶらり旅はもはやこの10数年来の習慣。
 自分にとっては初孫となる女児を暮れになって出産したばかりの長女が親子そろって帰省していて、その長女から「なぜいつもよりにもよって大晦日のか」と問われた。
 なるほどなぜ大晦日のだろう。やはり大晦日に鉄道に乗っているという独特の風情があるからということ。帰省客に混じって一人ぽつねんとしているのはいい歳をしたものにとっては気恥ずかしくもあるが、大晦日だけが持つ情緒は何よりも味わい深い。
 ただ、この大晦日の一人旅は、それが家族持ちの身であれば家内の理解が大事。そのためにも、大掃除など暮れに男がやらなければならないことをいち早く済ませておくことが肝要で、あとはごろごろばかりされていては邪魔になるとでもいった雰囲気をつくっておけばもうこちらのものである。
 さて、そういうことで今年は初孫も放りだしてこのたびの大晦日は伊豆半島南端の石廊崎を訪ねた。ここ数年はずっと雪国に向かっていたからこれは大きな変化だが、いずれにしてもたいがいは日帰りのこと、旅程にも制限のあるなかでの選択だ。
 まず、下田へは東京からの直通特急踊り子号で東海道線・伊東線そして伊東から伊豆急線と乗り継いだ。
 途中、熱海、伊東で下車するものが多く、伊豆急線まで乗っていたのは2割ほどか。大半が温暖な温泉地で年を越そうという旅行客。
 車内には大晦日とは思われないほどの暖かな陽光がさんさんと降り注いでいる。車窓からは真っ青な空と紺碧の海がどこまでも広がっている。
 伊豆高原に至って左窓に伊豆大島が大きく見えてきた。伊豆熱川、伊豆稲取と進むうちにおにぎりのような三角にとがった利島も見えてきた。
 伊東から伊豆急下田まで全線45.7キロ、約1時間の道のりで、左窓には延々と相模灘が見える景観のすばらしい路線。
 伊豆急下田駅に降り立つと、風が強くて寒い。これは予想外のことで、東京よりも断然寒い。
 下田駅から石廊崎まではバスで約40分。さらにバス停から岬までは徒歩で20分ほど。
 岬の付け根にある石廊崎港から急坂を登ること10数分。石室神社という神社の鳥居をくぐると一段と高い所に石廊崎灯台があった。白亜の灯台で、灯塔はややずんぐりしている。明治初期に日本で数多くの近代洋式灯台を建設した英国人ブラントンの設計で、初点灯は1871(明治4)年とある。
 灯台の脇からは岬の先端に向けて側道が伸びていて、灯台の下に当たる部分に石室神社の社殿があった。なお、昔はこの神社名にちなんでこの灯台を石室崎灯台と呼んでいた時代もあったようだ。
 さらに岬は鳥の嘴を突き出したように鋭く海に突き出ている。岬の突端には熊野神社という小さなお堂があった。
 風が猛烈に強い。岬は全般にどこでもそれなりに風は強いものだが、今日の石廊崎はことのほか強い。手すりにつかまっていないと飛ばれそうだし、写真を撮ろうとカメラを構えるとよろめく。
 岬は海蝕崖による断崖となっている。海面から60メートルの切り立った絶壁である。足元を激浪が襲っていて、強風で吹きあげられた水しぶきが顔面に降り注ぐ。
 眼前に太平洋が広がっている。眺望のいい岬で、左方が相模灘、右方が駿河湾である。左右どちらにも荒々しい風景が伸びている。
 また、水平線に目を向けると、島影がいくつかかすかに遠望できる。左から伊豆大島、利島、新島、神津島と並んでいて、視界のいい日には三宅島や御蔵島も視認できるということである。
この岬を訪れるのはこれが3度目。初めて訪れたのは高校時代で、10数年前の前回も実は大晦日だった。その際は穏やかな日で、風もなく暖かな大晦日の岬という風情だった。
 今回は風も強く寒いのだが、しかし、いつまでもたたずんでいたいと思わせる素晴らしい岬ではあった。
 ところで、この大晦日の汽車旅はある種寅さんにでもなったような気分を抱かせられて独特の感傷となるのだが、このたびの伊豆半島への旅では鉄道では帰省客はまるでいなくて観光客ばかりだし、風は強くとも日差しは強いし、大晦日らしい情緒には少し欠けるようなことだった。

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