秋葉原日記 (ライブラリ)

ポール・ニザン『アデン、アラビア』

 「僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない。」
 この書き出しについて池澤夏樹がおもしろいことを書いている。
 20世紀フランス小説の中で最も有名な書き出しを二つ挙げると、一つは「きょう、ママンが死んだ」というカミュの『異邦人』で、もう一つがこのポール・ニザンの『アデン、アラビア』だという。
 確かに、40数年前自分もちょうど二十歳の頃この小説を読んで、この書き出しにぐっときたものだった。
 あの頃、ニザン同様自分も何かに急き立てられているかのような中で、この本をむさぼるように読んだものだった。
 ただ、正直に振り返ってみれば、書き出しの情緒に惹きつけられていただけで、果たして中身をよく読んでいたものだったどうか。
 今般、池澤夏樹が個人編集している河出書房新社の世界文学全集に『アデン、アラビア』が新訳で収録されているというので、発刊を待って購入したのだった。
 読み返してみて戸惑いがいくつかあった。
 一つは、とても読みにくかったこと。二度三度と読み返さなければとても進めなかった。
 それはやはり40年という隔たりが大きかったからかもしれない。
 ただ、よく吟味して読んだということでは、今度の方がそうだったかもしれない。
 それでわかったことは、全体が思索的な内容の中に、書き出しに見られるような所々きらり光る文章がちりばめられているということ。それが本書の魅力となっているのかもしれない。
 ニザンは二十歳の時に焦燥に駆られてパリを脱出、アデンに旅をするのだが、「誰もが自分のやり方で脱出を確実にしたいと思うものなのだ」し、「逃げ道ならいくらでもあった。どこにも行き着かないドアならいくらでも」と。
 で、なぜアラビアだったのか、「東洋はヨーロッパ人の救済と新生を内に秘めた土地であった。東洋には治療薬があり、その上愛があった」からだという。
 「ここがアデンだ。着いた。得意がるほどのことではない」といいながら、「そしていま、死にそうなほど美しいこの場所に僕はいる」と。
 そして6ヶ月後にパリに戻るのだが、「旅行のあとで残っているのはもはやひどく混乱したイメージだけだ。人気のないコンコルド広場のまんなかで、石畳の上に両腕を広げた、黒い上着を着た何人かの男たち」と結んでいる。
 もう一つの読みにくさ。それは訳によるところだったかもしれない。この小野正嗣訳は、原著のぶつけるような激しい若々しさを反映してはいたのだろうが、自分には取っつきにくくって、初めて読んだ篠田浩一郎訳(晶文社刊)の方が読みやすかったような気がする。
(河出書房新社刊)
   
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