秋葉原日記 (ライブラリ)

瀬川深『チューバはうたう―mit Tuba』

 チューバとは。ブラスバントやオーケストラの最後方で、ブー、ボーと低音部を単調に伴奏しているバカでかいラッパ。自分が持っているイメージはこんなところだろうか。
 この印象は幾分かは当たってはいるようだが、主人公によると、実際のところは「そうではないのですよ」と言う。
 では、まずはプロローグにある主人公の言葉を紹介しよう。
 チューバは実は自在な楽器なのだ。かるがると音を操るのだ。高音域では滑らかにつややかに歌を歌い、低音域ではあたりの空気いっさいを響かせ、吹き手も聞き手をも包み込み、時にそれは大地の鳴動に連なるのだ。
 嘘だとお思いか?
 ならば私が吹いてやろう。
 私の肺は空気を満たし、私の内腔まっすぐにチューバへと連なって天へと向いたベルまで一本の管となり、私の筋肉が、骨格が、皮膚が、丸ごと大気を音へと変えるのだ。
 いやはや大変な宣言だが、このチューバと主人公は、中学で部活にブラスバンド部を選んだとき、チューバを押しつけられて初めて出会った。それも女子なのに身体が大きいという理由だけで。以来、高校、大学そして社会人になってもチューバを吹いてきた。それも、主人公の表現を借りれば、インディペンデントに。
 しかし、あらかじめ断っておかなければならない。この物語は、苦しい練習を耐えぬいたという体験記でもないし、やがてはプロになったという成功物語でもないので、念のため。
 しかも、チューバ好きがチューバ賛歌を高らかに歌い上げているように見えて、その実、チューバに魅せられた人生の格闘が描かれているといってよいかも知れない。チューバへの愛情、それは言うまでもない。
 そこには、一つのことを好きになった幸せと哀しさがにじみ出ている。
 とにかく抑制されたユーモアがほほえましい。慈しみが全体を支えている。音楽への造詣はもちろんだが、深い教養が感じられる。
 クライマックスは心が揺さぶられるほどの感動だった。また、思わずほほえみたくなるような読後感だった。いい小説だった。
 それと最後に一つ。この小説を読んで池澤夏樹を彷彿とさせた。この直感ははずれてはいないだろう。
(筑摩書房刊)

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