秋葉原日記 (ライブラリ)

鷲田清一×永江朗『哲学個人授業』

 臨床哲学専攻にして大阪大学総長の鷲田清一と、大学で哲学を学んだ経験のあるフリーライターの永江朗の対談で、永江が鷲田に個人授業を受けるという形式を取っていて、テキストは古今東西の哲学者23人を選んで「極上哲学漫談」を繰り広げている。テキストからは<グッとくる殺し文句>を選んで話を弾ませている。
 対談形式を選んだのがまず第一の成功。これによって難しい哲学講義も取っつきやすくなっている。
 殺し文句という形でキーワードを選んだのがその次の成功。これによって対象の哲学者なりその著作なりのテーマを何ともコンパクトにまとめて話が進むこととなっている。
 採り上げられたのは、キェルケゴール、サルトル、ウィトゲンシュタイン、ヘーゲル、ニーチェ、カント、西田幾多郎などで、そのテキストも著名なものばかりで、哲学史上影響を与えたものが多い。
 グッとくる殺し文句の中から次の一つ。
 サルトル=人間存在は必然的に、「それがあるところのものであるのではなく、それがあらぬところのものでありうる」のでなければならない。(『存在と無』)
 これに対し、永江が「サルトルはジャーナリストですね。キャンペーンを張るのがうまい。」といい、鷲田は「サルトルの場合は「無」といっても、東洋のように充実した「無」ではなくて、「否定」や「非存在」ということじゃないですか。」などと応酬している。
 鷲田は哲学を専門とする当代人気の学者であるから当然だが、本書では永江の個性が断然話をおもしろくしているし、永江の幅広い「哲学好き」が対談を可能にしたようだ。
 もっとも、さわり程度のやりとりだから、一人ひとりについて掘り下げているわけではないが、それでも哲学のおもしろさは伝わってくる。
 自分も哲学科の卒業生だが、いつの時代も青臭くとも哲学談義というのは好まれているのだなと感心もしたのだったし、哲学のおもしろさを再認識もしたのだった。
(バジリコ刊)

tetugakukojinjugyou.jpg

バックナンバーへ

お勧めの書籍