2016/06/23

神田川紀行:ついに源流に到達

 神田川を河口から源流へと遡上する神田川紀行もついに源流へと到達することとなった。
 神田上水橋のあたりからすでに井の頭公園(正式には井の頭恩賜公園)に近づいていたが、次の夕やけ橋では外縁に入った。
 石造の立派な親柱に頑丈そうな欄干がついている。川辺に降りることができた。 神田川を遡ってきてこれは初めてのこと。大小様々な石がごろごろしている。
 上流に向け左側、つまり右岸土手上に京王線の井の頭公園駅があった。この駅の改札前に公園の入口があった。なお、井の頭線はここでまた神田川を渡っていて左岸へと移るのだが、井の頭線はこの一つ先吉祥寺駅が終点である。
 川を飛び石伝いに渡れるようになっていて、水深もせいぜい10センチほど、川幅も数メートル程度である。
公園の中を流れる神田川はまことに小さな流れで、よしきり橋という歩行者が渡る小さな橋があって、それから少しして水門橋。神田川140橋のうち、これが遡上してくると最後の橋である。
 つまり、源流側から見ると、井の頭池に発した神田川はこの水門橋が第一橋ということになる。橋は井の頭池の吐け口に接していて、直ぐ小さな流れとなって下っていく。
 水門橋は、石造りの平べったい橋で、欄干などはついていない。たもとに「水門橋」という石柱があるほか、「ここが神田川の源流です。神田川は善福寺川、妙正寺川と合流して隅田川に注いでいます」と記した立て札が立っている。
 源流に達したのは、時に6月7日午前11時08分だった。神田川全140橋踏破を目指して、その気になってからで3年になっていた。格別の達成感もなかったが、やっと終わったという安堵はあった。
なお、井の頭公園は大きな公園で、中心が井の頭池。ボートが浮かんでいる。中央線の吉祥寺駅にもほど近く、訪れる人も多くていつでも賑わっている。
 神田川は、全長24.6キロの一級河川。橋の数は河口の柳橋から源流の水門橋まで140橋。河口の台東区から始まって、中央区、千代田区、文京区、新宿区、豊島区、中野区、杉並区そして三鷹市へとまたがっている。さすがに都心を流れる川だけあって流路延長にくらべ橋の数はべらぼうに多い。この140橋には一般に渡れる公共の橋ばかりで、鉄道橋や私設の橋などは含めなかったから、すべてを網羅すれば150橋ほどにもなるかもしれない。
 このたびこの140橋を遡上しながらそのすべての橋を渡ったが、それでわかったこと感じたこと。
 一つ。初め、神田上水として江戸の水道となってきたこと、時代やところによって江戸川などと呼ばれてきたが古い歴史を持ち、今日に至るも市民に親しまれてきたこと。橋のたもとには由来を示す看板が数多くあって歴史が偲ばれたこと。
 二つ。都心を流れているからでもあるだろうが、これほど市民に親しまれている川も少ないのではないか。市民に親しまれている姿は、岸辺を歩いていてそのよく整備されている状況からも判断できた。河口から千代田区など都心のビル街の区間はともかく、大半の沿道では左岸右岸両岸を遊歩道にしているところが多く、花がいっぱいで歩くのが楽しくなったのだった。とくに桜の木を植えているところが多く、桜の花の季節にあたると見事な模様だった。
 三つ。川辺を歩きながら時には周辺にも足を伸ばしてみたが、歴史を感じさせる建造物も多かったし、新宿区内あたりからは住宅街が延々と連なっていて、古くから住民の重要な河川だったことがわかった。
 ただし、この川は暴れ川でもあって、鉄砲水によって長い間洪水に悩まされてきた歴史があった。しかし、それも今日では河川の改良整備も進みおおむね収まってきたようだ。
 四つ。神田川は実はきれいな川だということ。産報佐久間ビルは神田川を背にして建っており、神田川には愛着が深い。ただ、ここ千代田区神田佐久間町の和泉橋付近は神田川の流れは、随分ときれいになったとはいえまだまだ清流にはほど遠い。
 ところが、遡上していくと、神田川はいつしか清流となっていて、様々な魚や鳥が生育しているし、花々も盛んでまことに自然豊かな川だいうことを感じ入った次第であった。
 この頃では和泉橋付近でも神田川クルーズが行われるようになってきているが、もう少し水質の改善が進めば、第一級の観光資源にもなるのではないか、そのような期待も持てるこの頃なのである。

 


写真1 夕やけ橋。石がごろごろしており、川面に降りることができる。


写真2 神田川を遡上してきて最後の橋、石碑の向こうに140橋目水門橋。ちょっと風情のない名前だが、吐け口直ぐの橋だからという意味だろう。


写真3 源流である井の頭池側から見た水門橋。菖蒲が美しい。

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