2016/05/12

ローリー・リン・ドラモント『あなたに不利な証拠として』

 主人公は女性警官ばかり5人。警察小説のカテゴリーに入るが、5人ともいずれも制服警官というのが特徴。作者ドラモンド自身が女性制服警官だったらしく、古巣のルイジアナ州バトンルージュ市警に取材しており、その職務から生活に至るまで克明に描かれていて、ディテールがしっかりしているし臨場感がある。そのリアリティはドキュメンタリーといってもよいほどだ。
 5人の警官それぞれについて数編の短篇で構成されている。共通しているのは、アメリカの制服警官というのは過酷な仕事だということ。この点に関して男女の隔てはないようで、常に拳銃を手放さないし、また、使用することもしばしば。日本の婦人警官にように、ミニパトに乗ってチョークで交通違反車両を取り締まっているのんびりした風景などどこにもない。
 巻頭に載っているキャサリンを主人公にした3編から引いてみよう。
 1編目の「完全」にでは、「「銃を使用したことは?」 わたしは首を振る。「いいへ」決まって嘘をつく。「誰も殺していないわ」」という段落がある。
 実はキャサリンは被疑者を撃ったことがある。銃と大型ナイフを構えていて警告を無視したからで、監査の結果もキャサリンに落ち度は認められなかった。
 しかし、キャサリンはこのときの情景を何年経っても忘れることができない。「時々自宅の廊下に一人で座っていると、ジェフリー・リュイス・ムーアがわたしの身体の表面や内側でちらちらうごめく。頭蓋骨の奥で脳みそにくるまれ、彼がわたしの中に存在する。彼のかけらが今もここに残り、わたしは彼を追い出せずにいる。」と。
 2編目の「味、感触、視覚、音、匂い」では、警察学校での訓練の様子から実務で得た体験などが詳細に描かれている。その語録をいくつか抜き出してみよう。
 わたしはすぐに死体の匂いに関して専門家並みになった。悪臭から、死後どれくらいかおおよそ見当がついた。
 わたしが少しずつ身につけた触覚は貴重な道具だった。手でボンネットに触れればその車がどれくらい前に使われていたかわかった。トランクに触れば、それが完全に閉まっているかどうか判断できた。
 暗闇では物を直視してはいけない。じっと見すぎると想像上の動きを作り出してしまうからだ。危険を察知し、評価をするためには、対象をじっくりと見てはならない。
 視覚や触覚と同じく聴覚も生き抜くためには不可欠だ。音はしばしば悪い状況を示す最初の手がかりだからだ。わたしは聴覚が鋭くなったおかげでサイレンを聞き分けることができる。消防車、レスキュー車、緊急医療隊、……、警察車など。
 3編目は「キャサリンへの挽歌」となっている。そう、この優秀な女性制服警官キャサリンが殉死してしまったのだ。
 通信係との最後の交信によると、彼女はシグナル34<不審者がうろついている>との通報で、セント・ファーディナンド通りへ出動した。満月の金曜日の忙しい晩だったため、別の一台がようやく十分後に応援に駆けつけたとき、彼女は激しい格闘の痕跡をとどめていた。腕や顔や脚を何カ所も切り裂かれ、かなり深い傷もあった。大腿部動脈から血か噴き出していた。……キャサリンは麻薬で自暴自棄になった相手にめった切りされながらも、銃でそいつの頭を吹き飛ばしたのだ。……
 葬儀は盛大に営まれた。警察車の列が墓地まで一マイル以上にわたって続いた。警察のらっぱ手が永別のらっぱを吹いた。わたしたちは全員、彼女の棺に敬礼をした。
 かくしてキャサリンは伝説の人になったのだが、その後も制服警官を目指す女性は少なくないということである。
 本書は2006年の刊行で、本書に挟まれていた購入した書店のレシートによれば(私にはこういう習慣がある)、刊行後直ぐに購入はしていたようだ。ただ、その後何度か手には取ったもののなぜか読まずじまいになっていた。それが10年してこのたび読んでみたら、これがとても面白くて一気に読み進んだほどだった。こういうこともある。
 なお、本書の題名は、アメリカの警察官が犯人逮捕の際に告知を義務付けられている、いわゆる「ミランダ警告」からとられたものだということである。
 また、本書は収録されている「傷痕」でアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短篇賞を受賞している。
(ハヤカワポケットミステリ)


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