2016/05/06

堀江敏幸『その姿の消し方』

 「好き勝手に書いたものが「小説」に分類されるという希有な体験をして」と堀江自身が本作で書いている通り、本書もまた、小説と言っていいものかどうか、フランス留学時代の体験を徒然に書いてきたものが集められている。
 実際、13編の短篇で構成されているのだが、その初出は、2009年11月号に始まり15年1月号までと幅広く、掲載された雑誌も5誌にもなるから、読んでいても1本の滑らかさにはやや欠ける。
 ただ、これは著者の流儀で、本作においても小説なのかエッセイなのか境目のわからないぼわっとしたところがあって、これがまた本作の魅力でもある。
 それでも、それぞれの短篇を串刺しにしているストーリーはあって、それがある種ミステリー風の味があってとても面白い。そのことがあってまずは惹き込まれる。
 留学生の頃に古物市で偶然入手した一枚の古い絵はがき。奇妙な外観をした建物が写っているのだが、吸い寄せられたのは裏側の通信欄。
 「そこには親密な言葉のやりとりではなく、ひどく抽象度の高い言葉の塊が、ぴったり十行に収まる詩篇のような形式で記されていた。」のだった。差出人はアンドレ・L、名宛人はナタリー・ドゥパルドンという名の女性で、消印は1938年6月15日。投函されたのはフランス西南部の内陸寄りにあるM市のようだ。
 その後も折に触れてはがきを読み返しているうち、アンドレ・Lなる人物のことが、どうしても知りたくなってきた。しかし複数の文学事典をひもといても、該当する詩人や作家は見つからなかった。
 また、古物市に出くわすたびに絵はがき屋を探し、店番の人にこういうものがあったら連絡をくれと頼んでおく。それを半年以上重ねたある日のこと、ロワール地方の店から、お望みの品らしき一枚が入荷したとの知らせ。
 確認すると、差出人、宛名人ともに初めの1枚と同じ。筆跡も同様である。本人自身、「これは悪い冗談ではないか。可能性がないわけではないけれど、まさか現実に起こるとは想像もしていなかったからだ。」と。そしてそこにもきっちり十行の詩篇らしきもの。
 そして、2枚目のはがきを買ってから1年半後もう1枚のはがきを手に入れる。「二度目の奇跡はもう奇跡ではなくなる。驚きよりも喜びが勝った。」のである。さらに、それから10年以上の時が過ぎ、そうこうして5枚の絵はがきが手元に集まったのだった。
 いずれの絵はがきにも詩編らしきものが書かれているのだが、「きっちり十行にまとめることに、どんな意味が、どんな意図があったのか。」自問しながら差出人が固持していた形式を崩さないよう字面だけ揃えて日本語に移したものが5篇。
 この中から1篇をそのまま抜いてみようか。
 黄色は空の分け前、青は
 空になく空に青はない青
 はでも、黄色の否定、赤
 の否定、ではない三原色
 の横暴にきみの襟は歯向
 かい汚れる。心も爪も。
 爪痕を聖痕と見まがうな
 風も頬を引き裂く引き裂
 かれた頬が壁になるでも
 それは。誰の夢でもない。
 この本は、行きつけのカフェでゆったり読むのが似つかわしい。言葉を吟味しながら。もちろん、おいしいコーヒーと、座り心地のいいソファがあればなおさらいい。
 初めて堀江を読んだのは『おぱらぱん』だった。もう十数年にもなるか、あえて分類する必要はないのだが、小説でありエッセイであるその作風が魅力で堀江の作品世界に遊んできたのだった。
(新潮社刊)
 


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