2016/04/22

映画『スポットライト』

 トム・マッカーシー監督・脚本作品。
 「ボストン・グローブ」が2002年にスクープした数十人もの神父による児童への性的虐待事件を題材にしている。私は知らなかったが、当時、全米を震撼させた大スクープだったらしい。なお、ボストングローブ紙はボストンで発行されている日刊紙。
 新しい編集局長としてバロンが着任するやいなや、かつてボストングローブではおざなりに扱っていた神父たちによる性的虐待事件の再調査を命じる。
 命じられたのは、ボストングローブの人気シリーズである日曜版の特集欄<スポットライト>のチーム。早速、リーダーのロビーやマイク、サーシャ、マットの4人が事件を追う。
 教会を断罪することになる取材だけに、当然、難航する。厳しい抵抗を受け、あからさまな圧力も出てくる。しかし、ひるむことなく進むチームの取材。明らかになった場合の市民の失望と反感も予想される。何しろ読者の53%がカトリックのだ。そこには、「記事になった場合の責任は誰がとるのだ」という圧力に対し、「では、記事ならなかった時の責任は誰がとるのだ」とのジャーナリストとしての信念が表れている。
 取材は1年に及んだ。徹底した事実の積み上げ。躊躇する被害者の談話。一つひとつ裏をとっていく地道な仕事。こうした調査報道の現場が延々と描かれている。途中、9.11に遭遇、一時取材の中断を余儀なくされる。しかし、取材はゆるむことなく続けられる。
 私は、事件の内容への怒りよりも、事件を追うジャーナリストの世界にこそ感動を覚えた。もちろん、事件が風化しているとか、ないがしろにするという意味ではまったくないが。
 新聞社の様子がディテールにまできちんと描かれているし、映画には終始緊張感があってたたみかけるように画面は進む。それは、まるで、ドキュメンタリー映画を見ているような手応えだった。
 そこには、スターもいないし、派手なアクションがあるわけでもないが、ジャーナリズムの世界を描いて醍醐味があったし、久々に骨太の映画を見たという感慨があった。
 ただ、映画の中で、リーダーのロビーが、局長のバロンに記事の最終確認をし、バロンは取締役に掲載許可をもらう場面があるのだが、現在の日本のジャーナリズムの世界では果たしてどう扱われたものだろうか、言論の自由を縛ろうとする政府、自己規制を唯々諾々とする新聞社テレビ局の姿勢を見るにつけ、日本では、そもそも世紀のスクープなどはないだろうし、もとよりこのような映画は生まれないだろうなと思うと、思わず嘆息するのだった。
 なお、この映画は今年のアカデミー賞で6部門にノミネートされ、作品賞、脚本賞を受賞している。


写真1 映画館に掲示されていたポスターを撮影して引用。

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