2016/04/07

旅愁漂う稚内

 日本最北端の都市稚内。独特の響きがあり、独特の旅愁が漂う。
 稚内には2泊した。3度目だし、目新しいところはないのだが、随分と走り回った。これまでは急ぎ足だったところをじっくり細かく見て回ることができた。
 稚内観光のハイライトは宗谷岬だろうが、ほかにも見応えのあるところがいっぱいある。
 岬好きだから、当然、ノシャップ岬は欠かせない。岬は宗谷湾を挟んで宗谷岬と対置するようにあり、宗谷岬からの帰途国道238号線を走っていると、湾上、ほぼ対角線上に長く伸びて見える。丘陵が海に突き出ているのだが、平べったくて丘陵に宗谷岬ほどの分厚さはない。
 稚内駅からなら市街地の外れという位置関係で、路線バスも出ている。また、周辺はノシャップ岬公園となっていて水族館などもあってちょっとした観光スポットである。
 岬の突端、それこそ高い波が来ればかぶるような波打ち際には「ノシャップ岬」という趣きのある木製の看板が立っている。実はここには2日続けて訪れていて、1日目の27日は曇天の夕方で見晴らしが悪かった。それで、翌28日の日中に出直したのだが、この日は狙った通りの快晴で海上正面に利尻山を望むことができた。
 なお、この岬には灯台があって稚内灯台という。岬名と灯台名がまるっきり違うが、突端に近い、やはり波打ち際に姿の良い灯台が建っている。赤と白の縞模様になっていて、高さは地上から灯台頂部までが約43メートル、水面から灯火までが約42メートルで、離れた場所から見ると、まるで海面から直接屹立しているように見える。座標は、北緯45度26分58秒、東経141度38分43秒である。なお、この灯台の高さは全国で2番目である。
 この灯台にも2日にわたって訪れた。1日目は、灯台が点灯している様子が見たくて寒さの中しばらく待機していた。すると、午後5時45分頃か、夕暮れの空に灯火が点った。さらに、日没は5時58分とあったから寒さをこらえながら6時過ぎまで見ていたが、いつまでも薄暮が続いていた。それでも点灯した灯台を間近に見る機会は少ないもので、たっぷりの情感を味わうことができた。
 28日は、快晴の穏やかな天候に誘われてあちこちに足を伸ばした。やはり見ておきたいのはサロベツ原野と利尻山。サロベツ原野はどこまでも茫漠とした風景が広がっていたし、利尻山は、利尻富士と呼ばれる愛称の通り、真っ白な美しい山容を見せていた。サロベツ原野から見る利尻山は一幅の絵画のようでもあるし、波打ち際まで近づいて見ると、利尻島は目前にあることがわかるし、利尻山は海上に浮かんでいるようにも見える。
 私は先年この利尻島には渡ったことがあって、利尻島は島全体が円形だし利尻山そのものであるような地形だった。そう言えば、この山は海抜ゼロメートルから登り始めることができる山というのがうたい文句になっていた。
 また、この日は利尻島の右に並ぶように礼文島も遠望することができた。私はこの礼文島にも行ったことがあるが、二つの島は近くて、フェリーで約40分の距離だった。遠望した島影にあった通り平べったい島で、わらじのような形をしていた。
 時間的には多少相前後するが、28日は宗谷本線沿線を訪ねた。私は、鉄道好きではあるが、それもただ乗っていればいいというタイプ。乗り鉄と分類されるのかもしれない。
 だから、沿線を改めて歩いてみたり、通過する列車を撮ってみたりということはめったにない。それがこのたびは撮り鉄を体験してみたのだが、ろくすっぽロケハンもしないで行き当たりばったりの撮影だからいい写真になるはずもなかった。
 抜海。何よりも名前の響きがいいし、まずはここで列車を待つことに。この駅は稚内から二つ目で、途中見えていた利尻山も残念ながらこの駅からは見えない。7時15分、稚内を7時ちょうどに出た札幌行きの特急スーパー宗谷2号が通過していいった。次に、7時44分、稚内行きの普通列車が到着した。1両で、乗降する人があるはずもない鄙びた駅舎は鉄道写真の格好の題材のようだった。
 抜海からは旭川寄りの勇知へ。ここは片側1線のホームがあるだけ。かつては貨車を改造した駅舎が寂しくあるだけだったが、このたび訪れると、やはり改造貨車のようではあったが新しい駅舎になっていた。室内には手作りの座布団などが置かれ、トイレも付いていた。停車する列車本数は、下り3本、上り4本のみである。また、駅前には病院もできていた。
 宗谷本線の沿線を走っているうちに天北線はどうなったのか気になってきた。私は決して廃線派ではないのだが、せっかくの機会だし、そのまねごとだけもしてみようと思った次第。
 天北線は、稚内から(線区としては南稚内から)東寄りにオホーツク沿岸を走り音威子府に至るルートだった。
 このたび、稚内に近いところだけでもと思い、探し回ったところ、道道121号線にその痕跡を見いだすことができた。どうやら、かつての鉄道路線跡をバスで運行しているようで、宗谷バスの停留所樺岡がそのものずばり天北線の樺岡駅跡だった。かつての駅名標が錆びて文字がかすみ読み取れないながらも生き残っていた。
 また、もう少し南下すると、やはり沼川のバス停にほど近いところに、沼川駅の跡があり、こちらは記念碑と真新しくなった駅名標が建っていた。
 なお、稚内市街で面白いのは、道路標識や店舗の看板にロシア語表記のあること。駅にも近いある通りなどは軒並みロシア語表記の看板が続いていた。


写真1 点灯した稚内灯台。ノシャップ岬に建っている。


写真2 茫漠として果てしないサロベツ原野の向こうには利尻山。息をのむような美しさ。


写真3 天北線の廃線跡。ここはかつての樺岡駅の駅名標。現在はバス停になっていた。

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