2016/04/01

明知線と明智

 飯田線の旅。続きは下諏訪に泊まって翌日は中央西線で名古屋に向かい、途中、恵那で下車し、明知線で明智を訪ねた。
 明知線は、岐阜県恵那市の恵那駅から明智駅を結ぶ路線で、旧国鉄から引き継いだ第三セクター明知鉄道が運営している。全線25.1キロ、駅数11駅の小さな鉄道である。なお、恵那から二つ目三つ目の飯沼駅、阿木駅が中津川市であるほかは起終点含め恵那市所在である。
 飯田線の帰途をどうするかについては様々な選択肢があるものの、ここは久しぶりに明知線に乗ってみたかった。もっとも、とくにあてがあったわけではなかったのだが。
 恵那10時30分発明智行き。ホームはJR恵那駅の1番線を一部切り取ったような0番線。駅舎もJR駅に隣接し小さく設けられており、国鉄から分離独立した第三セクター鉄道の例に漏れずここでも継子扱いである。
 1両のディーゼル列車ワンマン運転は、日曜日のせいかほぼ満席である。列車は愛知県との県境に向けほぼ南に進んでいく。
 急峻な山岳路線では決してないのだが、結構アップダウンの激しい路線である。まず、恵那を出て三つ目の飯沼駅はホームが33‰の途中にある。登坂だけなら前日に乗った飯田線には赤木-沢渡間に40‰という日本一の最急勾配区間があるが、ホーム自体が勾配の途中にあるというのははなはだ珍しい。
 運転士が車内アナウンスでガイドをしてくれていたが、東野を出て5キロが登坂区間で、この間に標高差160メートルも登っていくとのこと。確かに、ディーゼルをめいっぱいふかしながら延々と登っていく。飯沼を過ぎると当然少しして下りに入るが、これも27‰もありどんどん下っていく。
 沿線には小さな盆地があり、眼下には小さな集落があった。深い谷があるわけでもないし、目立つような高い山はないのだが、重畳たる山並みである。
 途中、岩村で三分の一ほどが下車した。岩村城下は、伝統的建造物群に指定されており、人気の観光地のようだった。
 終点の一つ手前の野志の前後がやはり急勾配区間で、ここも勾配の途中にホームが設けられている。ホームの勾配ということでは、飯沼駅が第一位、野志駅が第二位だということである。特別の許可をもらって設定されたらしい。
 終点明智11時19分着。ここは街の一角を「大正ロマン村」として整備されていた。古い街並みが残っていて風情のあるものだった。中心施設である大正ロマン館では、村長として初代高峰三枝子、二代目司葉子と続き、現在の三代目竹下景子までが顕彰されていた。
 明知鉄道はなかなか営業熱心な鉄道会社で、様々な工夫を凝らしている。その一つがグルメ列車の運転で、この日も特別に4両編成が仕立てられていた。もちろん予約制で、地元の食材を使った弁当が用意されているようだった。また、SLの体験運転もされていた。
 なお、路線名の明知と終着駅明智との違いの明確な説明は見当たらなかった。駅名の明智はかつては明知だったが、旧国鉄から明知鉄道となった際に町名にあわせ明智となったものらしい。また、付近の川も明智川である。

 


写真1 登坂とカーブの連続する明知線。


写真2 明智駅を出発した明知線グルメ列車。


写真3 明智の大正ロマン村。左は村役場(旧明智町役場)

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