2016/03/22

飯田線を1本で乗り通す!(その1)

 なぜにこんなに大げさなタイトルを付けたのかにはいささか理由がある。
 つまり、飯田線は鈍行の1本の列車で乗り通した場合の単一区間最長運転路線なのである。特急ではもっと長いのがあるし、鈍行でも二つ以上の線区にまたがったものではほかにもある。
 飯田線は、愛知県豊橋市の豊橋駅と長野県辰野町の辰野駅を結ぶJRの路線。全線195.7キロ。ローカル線にしては長い線区だが、この間に何と駅数が94駅(起終点含む)もあり、所要時間は実に6時間36分にもなる。なお、乗り継ぎをしないで乗り通せる列車は日に1本しかない。
 こういうことだから、1本の列車で全線を乗り通そうとする酔狂なものは、よほどの鉄道好きか暇人くらいなものだろう。あるいはよほど切羽詰まっているか。
 私は切羽詰まってはいなかったのだが、先週末土曜日3月19日飯田線乗りつぶしに出かけてきた。なお、飯田線を乗り通すということでは2度目で、初めての時は天竜峡で途中下車して見物なぞしていたから、1本で乗り通すというのは私にしても初めて。このたびはあえて乗り通してみたかったのである。また、ある部分だけというなら、飯田線はこれまでに4度乗ったことはある。
 豊橋駅10時42分岡谷行き。2番線からの発車。この駅は片側1線ホームの1番線と島式ホームの2番線が飯田線で、隣の3番線は名鉄である。しかも、豊橋を出て2駅間は線路も供用で、はなはだ珍しい。
 豊橋を出てしばらくの豊川稲荷で有名な豊川までは複線だが、その先は単線。列車は2両の電車で、車掌も乗務している。
 それにしても、全線195.7キロに駅数が94駅というのはいかにも多い。計算すると駅間距離の平均は2.1キロにしかならない。これじゃまるで東京都心部並だ。だから、頻繁に停まる。これは、かつて飯田線が四つの私鉄がつながって構成されていたからで、戦時下の国有化で現在のJRとなった。
 1時間ほど経って本長篠のあたりから山が迫ってきた。右が赤石山脈で、左は木曽山脈である。大きな二つの山脈の間を分け入るように列車は進む。細長い地形の真ん中を川と鉄道が貫いているわけである。
佐久間ダムで有名な佐久間12時52分。定刻の運転である。佐久間ダムの代表されるが、この路線沿いにはダムが多く、その建設のため路線の電化が進められたといういきさつがある。だから、こんなローカル線だが、全線電化もされているのである。
 13時08分、水窪(みさくぼ)で制服姿の郵便局員が乗ってきた。聞くと、次の大嵐が静岡県の飛び地になっていて、浜松市の管轄なのだということ。なるほど、山が迫っていて自動車やオートバイなどでは難しいのだろう。この局員はたくさんの郵便物を抱えて大嵐で降りていった。
 次が小和田(こわだ)、13時19分。まったく道らしき道が通じていないところから秘境駅として知られるが、ここは静岡、愛知、長野3県の県境となっている。一人スーツ姿の男が下車したので、追いかけて失礼ながら率直に何しに下車するのかと尋ねたら「用があるのだ」と。当然ながら憮然としていた。あまりに率直すぎたが、道はないはずだし、どうするのだろう。
 ここが浜松市というのも驚くが、トンネルを抜けた次の中井侍もまた秘境駅。ここで長野県に入った。ここらあたりで降りてみたい気もするが、うっかり途中下車すると、次の列車まで3時間ほど待たなければならない。しかも、周囲に民家の一軒もないのである。
 もっとも、物好きはどこの世界にもいるもの。何と「飯田線秘境駅号」という臨時の急行列車があって、これが水窪、小和田、中井侍に停車するのである。この臨時列車が出ている期間なら、次の列車が拾ってくれる手はずになっている。いわゆる秘境派のための列車だが、しかし、これではもはや秘境駅にはならないのではないか。(この項つづく)


写真1 水窪で郵便局員が乗ってきた。車が通れないような集落への配達である。


写真2 秘境駅として知られる小和田。一人の男が下車したが、彼など純粋の秘境派であろう。


写真3 伊那小沢。相当に山深いが桜がもう咲いていた。

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