2016/03/07

息の長いボランティア活動

 先週は岩手県沿岸部の被災地を取材したが、帰途は盛岡に立ち寄り、震災発生直後から被災者支援の活動を続けているボランティア団体SAVE IWATEを訪問した。
 このグループは、震災発生直後の2011年3月13日には活動を開始している。当初から一過性のものとはしないで、息の長い活動を方針としてきたとはいうが、以来、満5年、SAVE IWATEにとってどのような5年だったのだろうか。
 震災直後は、全国から世界から集まった支援物資を被災者のもとへ届けるのが活動の中心だった。それこそありとあらゆる物資が集まったという。私は5年前の活動を開始して間もない頃の、SAVE IWATEの拠点を訪ねたことがあるが、2階建ての倉庫が支援物資で溢れ、それを一刻も早く、必要としている被災者のもとへ届けようと仕分けに忙殺されていたものだった。ボランティアには学生から年配の方々まで参加していて、ある種の熱気が感じられたものだった。
現在は、こうした支援物資の分配という活動はなくなっていて、SAVE IWATEも任意の集まりから法人化され、現在では一般社団法人となっている。
 活動の形態としては、盛岡市の復興支援センターの業務委託も含めた活動となっていて、活動の内容も被災者に寄り添ったものとなっている。
 盛岡市には、被災地から避難してきた人々約700世帯1500人が、現在もみなし仮設と呼ばれる公的借り上げ住宅に住んでいる。
 ただ、被災地の仮設住宅で集まって暮らしている人々とは違って、みなし仮設の場合は個々か、あるいは小さなグループで暮らしているものが多く、それもお年寄りが大半だから孤立化しかねない。
 そこでSAVE IWATEが行っているのが、被災者への情報提供と被災者同士の交流の場の設営。
 情報提供では定期的にチラシを届けて各種イベントを知らせているし、サークル活動も人気。カラオケや囲碁、折り紙、写真などのグループがあって、被災者同士の交流にもなっているようだ。
 また、重要な活動の一つが、ボランティアによる被災者への戸別訪問。引きこもりがちな被災者の孤立化を防ぐ効果もある。戸別訪問にはボランティア2人が1組になって実施しており、毎日行っている。
 この効果は孤独死の抑止にもなっていて、岩手県は被災3県の中では断然孤独死が少ないというデータにもなっているようだ。
 SAVE IWATEの拠点は盛岡の中心街にあるが、その利用状況よると、来館者数が毎年1万5千人から2万人、訪問件数も実に毎年3千500件から4千500件にも達している。
 この日も、被災者数人が集まって裁縫活動を行っていて、古い衣料を用いてランチョンマットやコースターをつくっていた。ぞうきんも人気があって、これらは自主運営活動の貴重な資金にもなっているようだった。
 SAVE IWATEの立ち上げから活動をしている村井真さんによると、被災者の人々はこの頃は「情緒は安定してきている」とのこと。避難先が盛岡という都会でもあり、お年寄りにとっては医療の充実にもっとも喜んでいるとのことだった。
ただ、自立を呼びかけているものの、「それは容易なことではない」として、仮設住まいの法的期限である2017年3月末日以降の被災者の身の振り方に早くも腐心していた。
 村井さんは、会社を定年退職して時間にゆとりもあったときにボラティア活動に参加したが、この5年を振り返って、「使命感だけでは続かなかったのではないか、自分自身も友達になって一緒に楽しむように行ってきたのがよかったのではないか」と語っていたのが印象的だった。


写真1 SAVE IWATEの事務所。


写真2 裁縫活動を行っている被災者たち。


写真3 裁縫の作品。一般への頒布を行っており貴重な活動資金になっているという。

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