2016/02/18

筒井康隆『モナドの領域』

 まずは軽くでいいから書名を気にとめておくことが大事。モナドって何だっけと。そうしておけば難解な中身も比較的スムーズに読み進めることができる。もっとも、モナドについて気にとめておかなかったとしても、あまりに面白くてすいすいと読んでしまう。ただ、初めに気にとめておかないでしまうと読み終わったときに元に戻りかねない。
 出だしはミステリー風である。河川敷で女の片腕が発見された。肩口から切断されたものと思われた。発見者は近所の美大の学生だった。上代真一警部が捜査にあたった。そうこうして近所の公園からは片足が発見された。バラバラ事件となった。
 他方、駅前ロータリーから商店街に入ったところにあるアートベーカリー。動物の形をしたバゲットが評判のパン屋である。簡単なカフェが併設されており、ブランチを食べに来る美大の結野盾夫西洋美術史教授も常連。
 ある日、このショーウィンドウに人間の片腕そっくりの形をしたバゲットが売りに出された。作ったのは店を手伝っている美大の学生。買って帰った結野教授が新聞のコラムにこのバゲットのことを書いたところ大変な評判となった。
 ここまでがイントロ。この先からが俄然難しくなる。つまり、極めて哲学的であるということ。否、はっきり言ってほとんど哲学問答である。しかし、そこは手練れな筒井康隆のこと、面白くておよそ読んであきさせるというところがない。
 近所の公園で結野教授は、見知らぬ主婦や女子高校生らを相手に名前や知らないはずの事柄を次々と当てていく。すると、当てられた方は、まるで神様みたいと言い出す。
 すると結野教授は、「正確には神様ではない」「まあ、それに近い存在ではあるがね」と答え、「これは結野君と言ってね、今伊藤治子君が言ったように、美大の教授なんだが、わしは今彼のからだを借りておるんだ」と自分を指して言う。
 神様騒動が大きくなるやテレビ局が駆けつけるわ警察が出動する。ついに結野教授がある青年の額を指先ではじくや青年は三メートルも飛ばされ意識を失ってしまう。結野教授は傷害の容疑で逮捕され裁判にかけられる。
 ここからの法廷劇がこの物語の山場であり見せ場である。名前をただされると、名前はないと言い、GODと呼ぶといいと述べる。裁判では、トマス・アクィナス君やダマスケス君が出てくる。「エイドス的に内在する善」などという言葉も出てくる。
 もちろんモナドも出てくる。ライプニッツが唱えた概念として。いわゆる単子論である。「フリードマン宇宙論またはビッグバン仮説は、ある意味正しい。ライプニッツ君に言わせればモナド、お前さんたちの言いかたで言うならプログラムの中に入っておったことだからね。」とのたまわっている。
 ただ、ここで気をつけなければならないことは、GODは全知ではあるかもしれないけれども決して全能ではないということ。そうでなければモナドと矛盾する。
(新潮社刊)
 


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