2016/01/13

初旅は水郡線

 三が日はさすがに禁足令が出ていたので今年の初旅は9日となった。三連休とたっぷり時間もあるし、さてどこへ出かけようかと時刻表を見ながら思案を重ねていたところ(旅行で最も楽しいのは実はこの段階)、水郡線にしばらく乗っていないことに気がついた。絶景路線でもないし、どちらかといえば退屈なところでもあるが、ともかく久しぶりに乗ってみようということに。
 水郡線は、茨城県水戸市と福島県郡山市を結ぶローカル路線。関東北東の沿岸近くから東北南部の内陸部へと結ぶ。線区としては水戸から郡山の一つ手前、東北本線の安積永盛間だが、すべての列車は郡山発着。全線約140キロと地方交通線にしては長い。
 1月9日土曜日8時17分水戸発常陸太田行き。2番線からの発車で。2両のディーゼルワンマン運転。
 水戸を出ると列車はすぐに常磐線から左に分かれていく。沿線は田園地帯で、左後方に筑波山が遠望できる。それほど平坦だということでもあるが、このあたりも関東平野の北辺といってよいのだろうか。
 細かく停車して上菅谷8時36分。ここから本線から右に分岐していく。太田支線である。全線9.5キロだが、起終点も含めると6駅もある。
 常陸太田8時51分着。行き止まりの終着駅で片側1線のホーム。この駅に降り立つのは30数年ぶりだが、駅舎は新築され、駅前にも新しい住宅が並んでいた。水戸から30数分だし、水戸の通勤圏に含まれるのだろう。
 なお、水郡線で、水戸-郡山間を全線都合よく乗り通せる列車は日に6本で、これに対し常陸太田行きは水戸からの直通列車も含めると10本となっており、水戸通勤圏重視がわかる。ただし、水郡線はそもそもこの水戸-常陸太田間で開業したものらしい。
 すぐに折り返し列車で戻り、上菅谷から再び水郡線の郡山行きに乗車。9時40分発車。上菅谷は2面3線のホームがあり、ここで常陸太田行きや郡山行きなど単線の列車をやりくりしている。この時間帯も3方向の列車が発着していた。
 水郡線は、水戸-安積永盛間が137.5キロ。郡山までなら142.4キロで、この間に起終点をのぞき39駅もある。
 大変駅間距離の短い路線で、とくに水戸方にその傾向が強く、中菅谷-上菅谷間1.1キロ、南石井-磐城石井間1.2などとあって、まるで山手線並みである。このため、所要時間もとても長くて約3時間20分もかかる。単純計算すれば表定速度はわずか40キロ程度である。
 加えて、沿線風景にも変化が乏しいから、さすがの鉄道好きもいささか乗っていて退屈になってくる。毎日の通勤や頻繁に往復している東海道新幹線などはともかく、およそ、鉄道に乗っていて開くことのない本を引っ張り出してきたほどだった。
 常陸太田行きの時には通勤圏らしくそれらしい乗客が多かったが、郡山行きとなったら旅行客が増えた。三連休初日でもあるし、遅めの帰省でもあろうか。3両編成だが車内は満席で、立っている人もいる。
 途中、玉川村(たまがわむら)という駅があった。JRの駅名で、市や町はともかく村が付くのは実に珍しい。
 単調な車窓が続く中で、ハイライトは久慈川が寄り添ってきた下小川付近であろう。まことに清流で、水郡線の愛称も奥久慈清流ラインである。
 やっと変化が出てきた。袋田で多くの乗客が降りた。袋田の滝への最寄り駅である。例年なら滝はこの時期結氷しているはずだが、暖冬の今年はどうか。
 次に常陸大子(ひたちだいご)と続き、ここでもたくさん下車した。3両のうち最後尾1両が切り離された。乗務員も交代した。この駅ではかつて降り立ったことがあるのだが、昼食に食べた鰻重が格別においしかったという記憶が今によみがえった。
 下野宮-矢祭山間が茨城-福島県境である。県境は越えたが、久慈川は相変わらず車窓にあり、分水嶺は越していないようだ。
 福島県に入って二つ目が東館。矢祭町の中心である。この町はなかなか特異なところがあって、かつて平成の大合併の折りには合併拒否宣言をしたものだった。
 また、図書館が欲しいという町民の熱望を受けて、乏しい財政のこと、全国に図書の寄贈を働きかけたところ数十万冊も集まったのだった。私もそのひとりで、その折りにこの町を訪れたことがあったが、その後図書館はどうなったものか、いささか気にかかる。
 そうこうして、安積永盛を経て終点郡山着は12時33分だった。


写真1 常陸太田駅で発車を待つ水郡線列車。


写真2 清流久慈川が寄り添ってきた車窓。下小川付近で。

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