2015/12/16

神田青果市場発祥之地

 靖国通りを須田町の交差点から淡路町に向けて(つまり靖国神社方向に)歩いていると、須田町歩道橋のすぐそば、通りの左に「神田青果市場発祥之地」の石碑が建っている。
 碑面や、すぐ隣に建つ千代田区設置の立て看板によると、このあたりは江戸から明治、大正そして昭和の初めにかけて青物市場だったとのことで、江戸そして東京の食生活を支えていた。
 市場は、須田町のみならず多町や連雀町などにまたがる広大なものだったようで、1万5千坪にも及んだという。神田川の舟運を利用して開けたもので、葛西などから集まった青果物は、神田川の右岸に並ぶ河岸に荷揚げげされたものだという。
 通りには八百屋が軒を並べ、連日威勢のいい商いが行われていて、青物市場の別名をやっちゃ場といったのも、競りの時の威勢のいいかけ声から生まれたものだと記してある。
ただし、この市場は昭和3年(1928年)には秋葉原駅前に移転し、さらに平成2年(1990年)に大田区へと移っている。
 なお、大田区へと移った秋葉原の神田青果市場跡地には、高層ビルが建ち並び、劇的な変化を進めて今日に至っている。


写真1 神田須田町一丁目に建つ神田青果市場発祥之地碑

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