2015/12/10

神田川紀行:万亀橋から淀橋まで

 大東橋を過ぎ中央線の鉄橋をくぐると万亀橋(まんきはし)。橋上から振り返ると、快速の赤い電車と各停の黄色い電車があって、非常に運転密度が高い。頻繁に列車が通過する。
 万亀橋を渡って右に坂を上っていったらすぐに東中野駅だった。東口。この日は10時30分から歩き出しており、ちょうど12時30分、昼食休憩しようと思ったのだが、この東口には飲食店が少なくて、結局そのまま続けて歩いた。
 この先、新開橋、柏橋と小さな橋が続く。柏橋の先で末広橋との間で桃園川が合流するために大きな口を開けている。
 末広橋はさほど大きな橋ではないが大久保通りが渡っている。この橋上から下流を振り返ると、新宿の高層ビル群が遠望できた。神田川紀行の中でも秀逸な風景の一つだろう。
 さらに伏見橋、栄橋と続きついに淀橋到着。さすがに立派な親柱が立っていて大きな橋。親柱は大正14年の設置とあった。青梅街道が渡っていて、片側3車線もある。たもとにあった看板によると、三代将軍徳川家光が大阪の淀川に似ているとして命名したらしい。
 ここは交差点も大きくて、青梅街道のほか三叉路となっていて複雑。現在の高層ビル群はかつての淀橋浄水場を再開発したものだが、この橋のあたりが新宿の外縁であろうか。ここで新宿区と中野区に住居表示が分かれる。

 


写真1 万亀橋上から振り返ると中央線電車が神田川を渡るのが見える。


写真2 末広橋上から見た新宿の高層ビル群。副都心である。


写真3 淀橋。青梅街道が渡る。立派な親柱。徳川家光の命名だとか。

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