2015/12/03

映画『黄金のアデーレ』

 グスタフ・クリムト画「黄金のアデーレ」の戦争によって引き裂かれた運命が描かれている。これは一般的には「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」として知られる絵画で、クリムト1907年の作。オーストリアのモナリザとまで称えられてきた名画で、クリムトの代表作である。
 映画は、この絵画を巡り、オーストリアとアメリカ、第二次世界大戦戦時下のウィーンと1998年頃のロサンゼルスが行き交いながら進む。
 冒頭の1998年のロサンゼルスにおける葬儀のシーンから、この絵画が長らく展示されていた現代のウィーンのベルベデーレ宮殿の前庭、そして戦時下のウィーンの館へと画面は切り替わる。結婚披露宴の模様だ。新婦はアデーレ・バウアー。絵画のモデルとなった女性である。
 折しもナチの軍靴の響きがそこまで迫っていた。一家はユダヤ人。いつウィーンを脱出するか、危急存亡の状況だった。一瞬遅れたが、危機一髪、ナチの追求を逃れアデーレは新婚の夫とともにアメリカへと渡る。ウィーンには両親を残したままだった。また、ウィーンの館は名画を初め財産はナチに略奪されてしまった。なお、姉は先にアメリカに渡っていて、その娘マリア・アルトマンが主人公である。アデーレは姪のマリアをことのほかかわいがっていた。
 時は移り、絵画はウィーンの解放とともにナチの手から取り戻され、ベルベデーレ宮殿内にある美術館オーストリア・ギャラリーに展示されてきた。この美術館はクリムト作品のコレクションで知られるが、著名な「接吻」などとともに「黄金のアデーレ」はオーストリアの至宝とまで讃えられオーストリア国民に親しまれている。
 そうこうして、アデーレの姪であるマリアが絵画「黄金のアデーレ」の返還を求めてオーストリア政府を相手に訴訟を起こす。マリアは自分が正当な所有権者だと主張する。もちろん、オーストリア政府も所有権を主張して真っ向から対立する。オーストリア政府としても至宝を簡単に手放すわけにはいかなかったのである。訴訟を進めたのは駆け出し弁護士のランディ。彼もまたオーストリアから逃れてきた一族の者だったのだ。
 映画はこの両者のやりとりを中心に運ぶが、マリアが執着したものは果たして何だったのか。訴訟のために、マリアは二度とその土を踏むまいと決めていたウィーンを訪れる。50年ぶりの帰国だった。その時戦時下のウィーンを思い出す。ナチの侵入を拍手をもって迎え入れたウィーン市民のことを、その切なさを。
 マリアは当初、オーストリア政府がマリアが正当な所有権者であることを認めれば、絵画自体はウィーンに残すことも念頭にあったのだが、話し合いの余地を残さない政府の姿勢に、マリアも次第に頑なになっていく。
 祖国を逃れてきた叔母アデーレ。アデーレが片時も祖国を忘れたことはなかったことはマリアがよく知っている。とくに、両親を残したまま祖国を離れたことに対する悔恨の情がアデーレには深く残っていた。
 それだけに、祖国が再び自分たちを拒絶するのかという痛切な思いがあって、マリアは最高裁にまで持ち込んで絵画の返還を求めたのだった。
 辛い命題なのだが、マリア、このときにはすでに80を超すおばあさんになっていたのだが、その強さ、明るさに救われた。そして、感動のエンディング。
 また、マリアを演じたヘレン・ミレン。アカデミー賞主演女優賞を受賞したことのある名優である。結局、この存在感がこの映画のすべてだったのかもしれない。そう思わせるに十分な名演だった。
 私はかつてこの「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像」をオーストリア・ギャラリーで見たことがあるのだが、その折りには、この名画に数奇な運命のあったことも、その後の展開も知らずに見とれていたのである。


(映画館に掲示されていたポスターから引用)

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