2015/11/30

映画『FOUJITA』

 小栗康平監督作品。藤田嗣治を描いている。主演はオダギリジョー。なお、FOUJITAは、フジタのフランス語表記。
 パリそして次に日本が舞台。
 パリでは、エコール・ド・パリで寵児となった藤田が描かれている。劇中で、パリに来て10年になると自身が語っているから1923年頃か。歓楽的な生活が続くが、冒頭のアトリエのシーンでは厳しい画作の様子も描かれているし、ユトリロやモディリアーニらも登場し、モンパルナスの街角も写し出されていて情感が深い。
 代表作の一つ『五人の裸婦』の前でピカソが何やらつぶやく場面があるが、全般に作品を追うようなことはしていない。また、乳白色を多用した藤田独自の作風を解説するという風でもなく、藤田の生涯を描いたという作品ではないようだ。
 そうこうして舞台は日本へ移る。戦時下の様子が描かれている。この頃藤田は陸軍省嘱託画家となっていて、決戦美術展に出品した『アッツ島玉砕』の大きな絵が掲げられている。この絵には陸軍作戦記録書との表示が付けられてあり、絵の脇には脱帽を指示する二字が大書されていて、訪れた人びとが絵の前で手を合わせ拝んでいる。そして、この絵の脇で画家藤田嗣治自身が軍服姿で直立し敬礼をしていて極めて印象的な場面だ。
 全編を通じて映画はとても静謐だ。それは場面がパリであろうが日本であろうが変わらない。饒舌な場面はまったくない。
 このことが映画を大きく印象づけているし、それはまた、近景を額縁のように切り取ったようなカメラワークによっていっそう強調されている。
 とくに、疎開していた田舎の農村風景は息をのむばかりの美しさで、これが藤田の心象風景だったのかと思わせられた。
ラストシーンで、藤田が眠っているというランスの小さな教会が出てくる。藤田が描いたものだという聖壇画がゆっくりと写し出されている。キリスト磔刑の模様も描き込まれている。
 そして最後の場面。ここで一枚の絵が浅い水たまりに没するシーンが写し出される。この場面はすぐに移動してしまったので、子細には意味が理解しかねた。
 藤田は、戦後、戦争協力者だとして画壇から指弾された。それで、藤田は石持て追われるごとく日本を去り、二度と日本の土を踏むことはなかったのだが、あの最後の場面は、幾通りにも解釈ができて難解だった。
 戦争を挟んでパリと日本が描かれているから、パリと日本の異文化のこと、とくに美術に対する国民性の違いなどと理屈をこねたくなるが、そうではなくて、まるでセーヌ左岸派の映画を見ているような透徹したカメラの映像美を堪能することでこの映画はよろしいのではないか、私にはそのように思えたのだった。


(映画館で販売されていたプログラムから引用)

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