2015/11/27

レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』

 久しぶりに読んだ『深夜の散歩』に啓発されてこれまた数十年ぶりに読み返してみた。ハヤカワ文庫版で清水俊二訳。書棚の奥から引っ張り出してきたら、奥付に昭和51年発行とあるし、初版第1刷だから、39年前の刊行後すぐに読んだようだ。表紙カバーが少しすり切れている。2度くらい読んだのかもしれない。
 初めて読んだときの印象とこのたび久しぶり読み返した印象とは実はあまり変わっていなかった。このことにまずは内心驚いた。ただ、面白くて一気に読んだことも事実で、魅力がまったく色褪せていないことに感心した。
 いかにもアメリカの探偵小説だなというのが率直な印象。何度読み返しても印象は変わらない。私は探偵小説といえば本作を想起するくらいだから当然だが、探偵小説成立要件はアメリカにこそあるのだとかねがね考えている。
 主人公は私立探偵フィリップ・マーロウ。今や私立探偵の代名詞みたいな存在ではないか。舞台はロサンゼルスあるいはその近郊ハリウッド界隈。
 物語は、マーロウが酔いつぶれていたテリー・レノックスを助けたところから始まる。レノックスは億万長者の娘婿だったのだが、レノックスがメキシコに逃亡するところを幇助したことで物語と深く関わり合うことになる。
 物語は複雑に絡み合って進み、ラストシーンで大きな謎が解き明かされるが、本作を傑作たらしめているのは、ミステリーとしての面白さもさることながら、ほかに二つあるのではないか。
 一つは、マーロウの魅力。42歳。大男。信義に厚く、警察の圧力にも、暴力団の暴力にも屈せず、依頼人を裏切らないことで信頼を得ている。優しく、金銭にきれいだ。探偵事務所を構えているが、経済的には苦しいようだ。それは金にならないようなことにも首を突っ込むという癖にもよるようだ。
 もう一つの魅力は、マーロウの気の利いた台詞回しも含めてそのしゃれた文章だろう。そしてこれこそが本作の最大の魅力と言っていい。
 一つ二つ拾ってみよう。
 午前三時、部屋を歩きまわりながら、ハチャテュリアンを聞いていた。彼はそれをヴァイオリン協奏曲と呼んでいた。私にいわせればベルトのゆるんだ送風機だが、そんなことはどうでもよかった。
 次に、小道具として大事なのはギムレット。マーロウとレノックスが出会った頃のこと。次のくだりがある。
 私たちは<ヴィクター>のバーの隅に座って、ギムレットを飲んだ。「ギムレットの作り方を知らないんだね」と、彼はいった。「ライムかレモンのジュースをジンとまぜて、砂糖とビターを入れれば、ギムレットができると思っている。ほんとのギムレットはジンとローズのライム・ジュースを半分ずつ、ほかには何も入れないんだ。
 実は、このギムレットが大事な意味を持っていて、ラストシーンで、マーロウを訪ねてきた男が、「ギムレットにはまだ早すぎるね」と語る場面がある。
 そして、ぐっとくる極めつけは、やはりラストシーンで「さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」だろう。
 ただ、この文章については、比喩がくどいとか、冗漫だとか感じる向きもあるかもしれない。これは丸谷才一が「知的なジョーク」と指摘したようなことだが、しかし、このくどいほどの比喩回しがチャンドラーなのだろう。
(清水俊二訳、ハヤカワ文庫)
 


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