2015/11/26

福永武彦・中村真一郎・丸谷才一『深夜の散歩』

 先日のこと、ある文庫を読んでいたら巻末の解説で本書に言及していて、両書ともにかつて読んだことはあったのだが、それで久しぶりに手に取った。両書ともに刊行はちょっと古くなるが極上のミステリー案内である。
 『深夜の散歩』は、1964年にハヤカワ・ライブラリとして刊行されたものを文庫化したものだが、そもそもは1958年から60年までミステリ・マガジン誌に連載されたもの。
 連載は掲載順に福永武彦、中村真一郎、丸谷才一の三人で、福永は『完全犯罪』の著作もあるくらいだし、丸谷の探偵小説好きはつとに知られたところだが、中村がミステリ好きとは寡聞にして知らなかった。
 しかし、読んでみると三者三様、それも一流の作家・評論家たちのエッセイとあって、読み応えがあって、三人ともすでに物故しているくらいなのだが、楽しむにまったく古くささを感じない。
 福永は、『完全犯罪』でもそうだったが、どうも物事を規定するのが好きなようで、ここでも優秀な探偵小説の条件として次のようなことを指摘している。
 犯人の意外性とか、トリックの巧妙さとか、推理の隙間のなさとか、盛り上がるサスペンスとか。しかし僕に言わせれば、更に重要な要素として、アイディア、即ち思いつき、或は作者のみそ、というものが必要である。これは作者の独創性を意味するし、また特定の一作品を、その作者の他の作品とも区別する重大なポイントである。最もいい例をあげればエラリイ・クイーンの『Yの悲劇』のアイディアは、死んだヨーク・ハッターの書いた探偵小説草稿である。このアイディアがなければ、如何にサスペンスに充ち、名探偵の推理に裏づけられても、あの作品の持つ魅力は生まれなかったであろう。
 中村は、作家であるとともに文芸評論家でもあるわけだが、このエッセイは評論家としての面目躍如という印象である。エド・マクベインの<87分署シリーズ>について次のように論じている。
 これはひとつの集団を扱った小説である。……
 この小説シリーズの魅力の第一が、ひとつの集団と、その動きを明確に描きだしているところにあるとすれば、第二はだから、その集団のなかの何人かの個人の生活が、夜も昼も報告されているという点だろう。つまり、この小説の刑事は、あくまで刑事であると共に、現代の都会生活のなかでの、個人なのである。……
 それから、純粋に文学的興味からいうと、こういうことがある。
 それは、大体が、アメリカの新しい小説推理小説は、二十世紀の新しい純文学の手法を大胆に消化している傾向があり、このシリーズなどにも、それがはっきりと現れているという事実である。……
 このシリーズにおける新手法の消化で、目立つのは、第一に、人物の内面を描くのに、例のジョイスの内的独白が採用されているという点である。……
 新手法の第二は、ハクスリーの発明した対位法的な場面転換である。これは映画のカット・バックの手法とも、勿論関係がある。
 丸谷については、次の本にその紹介を譲ろう。
 『快楽としてのミステリー』は、『深夜の散歩』で丸谷が分担した「マイ・スィン」を収録して新編集された丸谷のミステリーに関するエッセイ集であり書評集。
 丸谷はこれほどにもミステリーが好きだったのか思わせるほどに実に広範に読んでいる。(もっとも、丸谷は『深夜の散歩』の中で、「推理小説」なる新語を私は好まない。特殊な場合を除いては常に「探偵小説」という言葉を使うようにしている。と述べているが)
 とにかく、アガサ・クリスティー、ローリー・リン・ドラモンド、エラリイ・クイーン、P・D・ジェイムズ、レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルド、グレアム・グリーン、パトリック・モディアノ、エド・マクベイン、ヒラリー・ウォーなどとあって、ついにはフレデリック・フォーサイズ、ウンベルト・エーコー、ジェフリー・アーチャーから大沢在昌などにまで及んでいる。
 とくに大沢の新宿鮫シリーズは愛読していたようで、シリーズ『絆回廊』では、「戦後の日本は多くのすぐれた娯楽読物を持ったけれども、シリーズものの主人公として、新宿鮫はあの剣豪眠狂四郎、あの名探偵金田一京助をしのぐほどのスターだらう」とまで激賞し、第一に作者の文体がいい。小説の文章として小粋である。……第二に小説の作りがうまいなどと指摘している。
そして、終わりの場面で、「絶賛のあとで抗議を記す」として次のように結んでいる。
 終わり近くで晶(人気バンドのリードヴォーカルで、新宿鮫の恋人)は、警察官としての職責を全うさせるため彼と別れるという声明を発表した。コナン・ドイルが、シャーロック・ホームズをモリアーティ教授と格闘させ、探偵を滝壺で死なせた事件依頼の愚挙である。小説家にこんな勝手なことをする権利があってよいものか。新宿鮫と晶の共寝するしあわせな場面を、次の本ではかならず読ませてくれ。
 こんな書評を書かれたら、誰でもぐっとくる。相変わらず丸谷の書評はうまい。これはまさしく玄人芸だ。
(『深夜の散歩』=ハヤカワ文庫、『快楽としてのミステリー』=ちくま文庫)
 


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