2015/11/09

ピエール・ルメートル『悲しみのイレーヌ』

 ルメートル作品を読んだのは昨年の『その女アレックスは』が初めてで、いかにもフランスらしいと言えるような凝った筋書きが面白いミステリーだった。
 本作は、日本での紹介順序とはひっくり返っていて、ルメートルにとっては処女作だったとのこと。前作が印象的だったので本作にも手を出したという次第。
 第1作目だからということか、その後常連となる登場人物が丁寧に紹介されている。
 まず、主人公カミーユ・ヴェルーヴェン警部。パリ警視庁犯罪捜査部の班長である。妻のイレーヌは身ごもっている。身長が145センチと低いが気概は強く、粘り強い捜査が特徴。
 この下にヴェルーヴェン班と呼ばれる部下たちがいる。ルイ、アルマン、マレヴァルの面々。そして犯罪捜査部長のジャン・ル・グエン。上司だが同僚同然の仲。これら登場人物たちの人物造型の面白さが本書の魅力の一つ。
 郊外の再開発地区、工場をロフトに改装された室内で、惨殺された二人の若い女の死体が発見された。現場は異様な状態で、死体はバラバラにされていて、凄惨な犯罪だった。
 直ちに、被害者の割り出し、犯人の動機などを重点的に捜査が開始されたが、犯行は計画的なものの、不思議だったのはそれを隠そうともしない犯人の意図や遺留品が多数あったことなどいぶかしくなることが少なからずあったが、犯人への手がかりすらつかめない状況が続いた。
 捜査の進行に並行するエピソードがいくつか登場する。
 一つは、身ごもっている妻イレーヌのこと。カミーユにとっては初めての子だけに誕生が待ちきれない。
 二つは、執拗に取材を続ける新聞記者ビュイッソン。彼の書く記事が捜査に重大な影響を与える。
 三つは、犯行の手口がどうやら既存のミステリーをなぞらえているらしいこと。
 物語は終始ゆるむことのない緊迫感のもとで進む。しかも、終盤の追跡行は手に汗を握る。分厚い物語で、上質のミステリーとしての要件を満たしている。
 ただ、事件現場の描写はあまりに凄惨で過剰なように思えたし、最後まで救いを見いだせなかった。これが『その女アレックス』も含めこの作家の流儀らしい。
 なお、私は読み進むうちに、一つの懸念と一つの疑念が芽生えてきたのだったが、その二つが重大な要素を持ってラストシーンに向けてまっしぐらに進むことになってしまったことに驚きもし、ミステリー好きらしい自分の直感にほくそ笑んでもいたのだったが、ところがこの作者にあってはそんな予定調和を破壊したような一切の余韻を残さない結末となっていて、その救いのなさに暗澹ともなったのだった。
(文春文庫)


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