2015/11/06

慶州の仏国寺

 先頃の釜山行ではちょっと足を伸ばして慶州を訪ねる機会があった。釜山から慶州まではKTX(韓国版新幹線)ならわずか28分の道のりだった。
 慶州は、古くは新羅の都があった都市で、見どころが多く町全体が観光都市のようだったが、実は慶州は二度目だし、時間に余裕もなかったのでこのたびは仏国寺と石窟庵だけを訪ねた。ともにユネスコの世界遺産に登録されている。
 金大城の開基により774年の創建とされるが、長いこと荒廃していたようで、日本の朝鮮統治時代に復興されたといわれる。いずれにしても創建から1200年以上にもなるわけで、韓国きっての古刹ではあるだろう。
 慶州観光のハイライトのようで、大勢の観光客が訪れていた。老若男女問わないが、さすがにお年寄りの姿が目立った。外国人では日本人の姿が少なく、かえって西洋人の方が多かった。中国人も少なかったのではないか。
 山門か、あるいは正門というのか、入口に仏国寺の扁額を掲げた大きな門があった。柱が1本の木でできている珍しいもので、そのためか、一柱門ともいうようだ。
 ここをくぐりまずは天王門から入った。ここが娑婆と仏の世界の境界にあたるのだそうで、四天王が護っていた。比較的新しいもののようだった。
 次が紫霞門。いよいよ仏の世界への入口。青雲橋と白雲橋という石橋が架かっているのだが、現在この橋は利用できず裏側から回り込むようになっていた。この二つの橋はいずれも国宝なそうで、創建当時の遺構だということである。
 なお、この紫霞門はその外観がなにやら翼を広げた宇治の平等院に似ていなくもない。そもそも、この寺院名も創建当初は法流寺といったらしく、音だけなら法隆寺に似ているし、同じ仏教のこと、当然のことながら日本と韓国とは何かと関係が深い。
 全般にこの仏国寺は、石組みには古いものが遺っているものの、木造建築物には消失したものが少なくないようで、再建されたものが多いということだった。
 紫霞門をくぐると(実際は回り込んだが)、大雄殿。本殿である。仏様は釈迦三尊像である。本尊である釈迦如来座像と脇侍として文殊菩薩像、普賢菩薩像がいらした。三尊とも金ぴかで、釈迦如来は優しいお顔をされていらっしゃる。
 また、この大雄殿の前庭には、釈迦塔と多宝塔という二つの石造の宝塔が建っていた。両塔ともに国宝だということだが、釈迦塔は修復工事中で、建屋に覆われていた。
 寺域は広くて、奥へと伽藍が続いている。大雄殿の背後には無説殿、観音殿、毘蘆殿などと展開している。
 毘蘆殿は古色蒼然としていたが、聞くところによると、創建当時の仏殿の一つで、751年に建立されたものの消失し、1660年に再建されたがその後の破壊が著しく、現在のものは1973年に再建されたものだという。
 このお堂のご本尊は金銅毘蘆遮那仏座像といい、この仏様は創建当時の本尊だったという。国宝である。金銅仏だったために焼失を免れたものであろうか。 
修復されているせいだろうが、韓国の大方の仏像の例に漏れずこの仏様も金ぴかである。優しい慈愛に満ちたお顔をしてらっしゃる。
 この日は快晴で、紅葉の美しい境内をじっくりとお参りさせていただいた。
 仏国寺からは、その後背の吐含山の山中ににある石窟庵に寄った。シャトルバスが往復していた。石窟庵には岩石をくりぬいた洞があって、釈迦如来であろうか、石造の座像が安置してあった。なお、この石窟はガラスで覆われていて仏様を間近に拝むことはできなかったし、写真撮影も許されなかった。

 


写真1 仏国寺の紫霞門。創建から1300年近い古刹で、石組みが創建当時を偲ばせる。


写真2 国宝の金銅毘蘆遮那仏。創建当時の本尊だという。


写真3 紅葉の美しい境内。

お勧めの書籍