2015/10/19

溶接技能日本一を競う

 今年の溶接技能日本一を競う第61回全国溶接技術競技会(日本溶接協会主催、産報出版協賛)が昨日まで大阪府で開催された。
 18日に吹田市のホテル阪急エキスポパークで開会式が行われたあと、競技は19日摂津市のポリテクセンター関西で熱戦が展開された。全国大会が大阪府で開催されるのは1986年の第32回大会以来29年ぶり。
 出場したのは、予選にあたる各都道府県大会を勝ち抜いてきた精鋭ばかり112人。各県には1県2人を原則に出場枠が割り当てられており、出場選手は、56人ずつが被覆アーク溶接の部と炭酸ガスアーク溶接の部の2種目に別れて競技を行った。なお、一人の選手が同時に両種目に出場することはできない。
 被覆アーク溶接とは、古くからの溶接方法で、通称手溶接とも呼ばれ、溶接棒を使って行うマニュアルな溶接方法。また、炭酸ガスアーク溶接は、一般に半自動溶接とも呼ばれ、溶接ワイヤを用いてセミオートマティックに溶接を行う方法。半自動溶接は高能率な溶接方法だが、手溶接には簡便性という特徴がある。ただ、技量の差は手溶接ほどつきやすいとも言える。
 選手の顔ぶれを見ると、今年は女子の出場はなく全員が男子で、平均年齢は手溶接が30.8歳、半自動溶接が30.7歳とほぼ同じ傾向で、10年前後の経験を有する脂ののりきった年代が揃った。最高齢は岩佐富雄さん(岐阜県代表、岩佐溶接鉄工所)の68歳で、最年少は18歳の長谷川亜蘭さん(栃木県代表、関東自動車整備)。
 開会式は、全国から参集した選手らが参加して行われ、何しろ各都道府県の代表だし、職場の期待も担っているだろうし、全国大会とあって晴れがましくも緊張の面持ちだった。また、会場には選手が所属する全国都道府県の溶接協会や所属企業の関係者ら大勢の顔も見えた。総勢500人を超えていたのではないか。
 席上、宮田隆司日本溶接協会会長が「この開会式が行われているのは万博公園の中だが、ちょうど45年前にはここで大阪万博が開催されていた。シンボルである岡本太郎さんの太陽の塔は、大屋根を突き破って顔を出していた。今回出場される選手の皆さんも、限界を突き破るような活躍を期待する」と挨拶した。
 翌日はいよいよ競技。競技課題は手溶接、半自動溶接ともに共通で、いずれも2枚の板を突き合わせ1枚にするもので、薄板(競技材の板厚4.5ミリ、溶接姿勢横向、継手の種類I、V、レ形突合せのいずれか、ベベル角度・ルート面・ルート間隔は任意)と中板(板厚9.0ミリ、立向上進、V形突合せ、開先角度60度、ルート面、ルート間隔は任意、邪魔板あり=スカラップ寸法は半径20ミリ)の2種。競技材の寸法は、手溶接が長さが160ミリ、半自動溶接は200ミリで、半自動溶接の方が少し大きい。幅は両種目とも125ミリ。競技時間は55分。
 この二つはまったく性質の違う課題で、溶接にはそれぞれに合った技量が必要となり、二つの課題で好成績を収めなければ上位は望めない。
 また、この課題は前回までのものから変更となっており、溶接姿勢が薄板が立向から横向に、中板は横向から立向となった。また、スカラップサイズが一回り小さくなって、このあたりが課題を難しくしている。
 競技の進行を第1班に付いて見ていった。工具箱配布・工具収納、集合点呼・保護具の確認、持ち込み工具類重量測定、持ち込み工具・用品検査と続く。
 次の開先加工からが実質的な溶接の始まりである。この開先加工は支給された材料のルート面つまり溶接する面を仕上げるもので、とくに薄板課題の場合は、突合せ継手はI形、V形、レ形いずれでもいいし、ベベル角度やルート面、ルート間隔も任意だから、仕上げ方が違う。どの継手の種類、ベベル角度を選択するかは個々の判断。見ていると、支給材料をそのままというのはさすがにいなくて、かといって、大幅な加工を施すものも少なく、わずかにベベルをつける程度にさっとルート面を仕上げている選手が多かった。
 開先加工が終わると、溶接棒の支給を受けていよいよ競技ブースに入り、競技開始の合図を待つ。第1班目は9時20分に競技開始が大きな声で告げられた。
 すかさずアークが飛び始める。まずは仮付だ。これは突合せる2枚の板を溶接するためにセッティングする溶接で、溶接で生じる熱影響なども考慮して行う必要があり、きちんと計算ずくで行う必要があり、ないがしろにはできない。なお、仮付用のジグは主催者が用意してあるのだが、大半が自作のジグを持ち込んでいて、主催者が用意したものをそのまま使用したものは10人に1人だった。
 次に、持ち込んだ練習材による溶接に入る。練習材は義務ではないが、全員が行っている。肩慣らしという意味もあるが、それ以上に溶接機の具合、とくにアークスタートや電流の具合などもこの段階でチェックする。ただ、練習に時間を割きすぎて本番の時間に余裕がなることは最もよくない。
 練習は十分に積んできているはず。進行はスムーズなように見受けられた。二つの課題の薄板から手がけるもの。中板を先に片付けるもの。様々だが、全般に中板を先にするものの方がやや多かった。
 見ていると、やはり中板で手こずっているものが多いようだった。板の中央に渡された邪魔板が、それこそ邪魔なのだ。とくに今回からそのスカラップサイズが小さくなったので、難易度は一挙に高まったようだった。ここの棒継ぎを上手にできるかどうかで、得点に大きく響く。
 前後の段取りをのぞけば溶接そのものは、スタートしてしまえば薄板ならほんの5分程度だし、中板でも10数分程度。いかに集中力を保ち、平常心で日頃の技量を発揮できるかがポイントなる。
 終了10分前の合図の段階で溶接の終わっていないものは手溶接で1人、半自動接で3人で、終了5分前では半自動溶接の1人だけが溶接を完了していなく、結局、この選手は終了ぎりぎりになって溶接を仕上げていた。
 競技を終えた作品は選手や関係者に展示された。自分の作品のみならず、他の選手の作品も含めて、選手や関係者がくいるように観察する姿が見られた。
 私の見るところ、さすが全国大会らしい、これが人の手によるものかと驚嘆させられる作品がある一方で、必ずしも上出来とはいえない作品もあった。県大会で優勝し勝ち抜いてきた選手ばかり、日頃の技量を発揮できれば何の問題もないところ、精鋭ばかりが集まる全国大会とあればやはり平常心で競技を行うことの難しさが感じられた。
 競技は、手溶接10人、半自動溶接10人の合計20人1組が6班に分かれて進められており、最後の第6班が競技を開始したのはすでに15時を過ぎていた。
 この先、審査は、外観試験、曲げ試験、放射線透過試験に安全作業・安全状態に関する減点を加味して行われ成績が決定する。上位はいつでも接戦で、800点満点でほんの数点で順位がひっくり返る厳しさ。来年1月に成績が公表される。
 溶接は、数ある技能職種の中でもコンクールの盛んな分野で、全国には、企業単位、地域単位、都道府県単位などと数種のコンクールがあって、そのすべての参加者数は1万人を越すものとみらるが、この全国大会がその頂点。その第1位には「溶接技能日本一」の栄誉が与えられる。


写真1 全国47都道府県の代表が出席して行われた開会式の模様。


写真2 熱戦が展開された競技会場の全景。手前が半自動溶接で、向こう側が手溶接。


写真3 溶接技能日本一めざし熱い闘い。半自動溶接の様子。

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