2015/10/08

アーナルデュル・インドリダソン『声』

 アイスランドの警察小説。レイキャビック警察犯罪捜査官エーレンデュルを主人公とするシリーズ、『湿地』『緑衣の女』に続く本邦翻訳3作目。
 アイスランドは人口わずかに32万人ほどの島国で、国民はお互いにファーストネームだけで呼び合うという間柄であり、ある種、国全体が密室のような趣きがある。ただ、リーマンショックの折りに一時国家経済が破綻したことはあるが、その後再建されて金融立国として高い経済成長を示している。
 ある意味で欧米先進国の現代が縮図のように投影されているが、本作にもその内容が色濃く書き込まれている。
 クリスマスシーズンの首都レイキャビック。外国人観光客で賑わうホテル。その地下で男の死体が発見された。名前はグドロイグル。ホテルのドアマンである。
 そこはグドロイグルの居室になっていて、もう20年以上も住んでいるとのこと。ホテルが大目にみていたらしいが、狭い部屋で、家具も少ないしまるで倉庫みたいに殺風景だった。
 グドロイグルはサンタクロースの衣装を着ていたが、ズボンは引き下げられていて、性器の先にコンドームが垂れ下がっていた。胸や腹に多数の切り傷があった。凶器は発見されなかった。
 エーレンデュルが同僚のエリンボルク、シグルデュル=オーリらとともに捜査に当たる。
 しかし、殺害に結びつくような情報はおろか、グドロイグルについても年齢が50歳前後という以外に、ほとんど知られるところがなかった。家族もいないらしく、外部との交流もまったくなかったらしい。
 やがて宿泊客の一人から意外な情報がもたらされる。その男はイギリス人のレコード収集家で、対象とするレコードのカテゴリーは少年合唱団、それもボーイソプラノに執心しているといい、死んだグドロイグルが実はかつて子供スターで、素晴らしい繊細な声の持ち主だったとのこと。レコードも2枚出していたが、声変わりして姿が消えていたとも。
 相変わらずエーレンデュルの何事もおろそかにしない地道な捜査が続いている。しかも、エーレンデュルは家に帰らずホテルに泊まり込みで捜査を行っている始末。クリスマスも近いというのに。
 本作を警察小説ということで謎解きばかりに期待をこめて読んだら、少し裏切られるかもしれない。
 スエーデンのおしどり作家マイシューバルとペール・ヴァールーのマルティンペックシリーズがそうであったように、すぐれた警察小説は、すぐれた社会小説でもあるのだが、本書もその系統に属していて、エーレンデュルやエリンボルク、シグルデュル=オーリらの私生活が丹念に描かれている。
 エーレンデュルは妻と離婚し、娘も息子もぐれて家を飛び出している。とくに娘のエヴァは自分たちを捨てた父親に反発し、麻薬に手を染めていた。
 しかし、物語の後半、エヴァが何気なく話したことがヒントとなって事件は一挙に解決の方向に向かい、すてきな大団円となる。
 なお、訳者あとがきによれば、本作はマルティン・ベック賞(スウェーデン推理小説アカデミー最優秀翻訳ミステリー賞)を受賞しているとのこと、本シリーズはマルティン・ベックシリーズに啓発されて書かれたようなところがあるから、これは作者インドリダソンにとっても最高の栄誉ではないか。
(柳沢由実子訳、東京創元社刊)


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