2015/09/28

小見山輝彦さん

 NKKOBで日本溶接協会技術アドバイザーの小見山輝彦さんが亡くなられた。訃報が入ったのは先週末だったのだが、8月17日に逝去されていたようだ。体調を崩されてはいたようだったが、6月30日の会議には出席できない旨の連絡が電子メールでご本人から届いていてちょっと安心していて、その後お見舞いも申し上げないままで、痛恨の極みとなった。
 小見山さんは、大阪大学溶接工学科を昭和39年に卒業され、NKK(日本鋼管、現JFE)で主に重工畑を歩まれた。
 日本溶接協会の活動にも積極的に参画され、日本溶接協会の屋台を背負う溶接技能者認証委員会の運営委員を歴任され、溶接技術検定業務の推進に貢献されたほか、やはり日本溶接協会で最も重要な特別委員会である規格委員会の委員長なども歴任された。
 その活動は極めて献身的で、高邁な識見をもって健全な方向性を導かれた。近年、企業に所属していて協会活動への関与を敬遠したがる傾向のあるなかで、その存在は極めて貴重だった。
 また、小見山さんには当社産報出版においても溶接ニュース編集委員会委員や技術図書編集委員会委員として長年にわたりご尽力いただいてきた。小見山さんは『溶接ニュース』と『溶接技術』を30数年来定期購読いただいていて、その読み方はまるで査読委員か監修委員のような熱心さで、紙誌面についてたびたび貴重な指摘や助言を賜った。
 小見山さんは面倒見がよくて私自身も随分とご厚誼を賜ったが、小見山さんはお酒が好きで、会議の後などの宴席ではたびたびご一緒させていたいた。そのお酒はじっくりとたしなむという風で、お酒を注いでおよそ断られるということがなかった。
 談論風発もよくするところで、それはご自身のお酒と同様でじっくりと語り合うのが常だった。それも人の話を押しのけてまでもというところはなくて、酒の席においても激高するようなこともなかったから、お人柄その通りにとてもいい議論とお酒だった。
 ただ、小見山さんはヘビースモーカーだったから、あるいはそれが身体に触ったのかもしれない。
 今はただただご冥福をお祈り申し上げるばかりです。


写真1 在りし日の小見山輝彦さん(2013年4月撮影)

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