2015/09/02

ヒラリー・ウォー『失踪当時の服装は』

 本屋でぶらぶらと何か面白い本はないかと探していて目についた。何しろ警察小説の里程標的傑作と帯にある。1952年の刊行で、本書は新訳だということ。作家ウォーのことも、本書の存在もこれまで知らなかったし、昨今の警察小説人気を当て込んだリバイバル作品と思えたのだが、これが読んでみると実に面白い。これは不覚だった。
 ストーリーは簡単。1950年3月3日金曜日。この日、マサチューセッツ州ブリストル郡にあるパーカー・カレッジの1年生マリリン・ローウエル・ミッチェルが失踪した。
 寮のルームメイトのペギーによると、気分がすぐれないので昼食を食べに行くのはやめるといい、しかし、ペギーが部屋に戻ってみるとローウエルの姿は消えていた。
 ペギーは当初当惑を覚えていただけだったが、夕食の時間になっても戻らず、午前零時の門限を過ぎても帰ってこないし、フィラデルフィアの自宅にも帰っていないことがはっきりして騒ぎとなった。
 ペギーや寮の友人たちの話によると、ローウエルは美人でまじめ、成績は優秀で、特定の男友達との深いつきあいもなかったとのこと。フィラデルフィアから駆けつけた父親も家庭は円満だたという。
 通報を受けて駆けつけたブリストル署のフランク・フォード署長、バート・キャメロン巡査部長らは早速捜査を開始する。
 一通り経緯を聴いたフォードは、ペギーらにローウエルの持ち物を調べ、彼女の失踪当時の服装の特定を指示する。
 その結果、ローウエルは白いブラウスに灰色のウールのスカートをはき、黄色いウールのセーターに、黄褐色のポロコートを着ていたものと思われた。
 このことから、ローウエルは自分の意思で外出したことがわかった。つまり、パーカー・カレッジではジーンズなどでの外出は認めず、外出する際にはスカートをはく決まりだったのである。また、ハンドバッグは持って出たもののボストンバッグなどは残っていた。
 捜査に当たるフォードとキャメロンの造型がいい。フォードは高卒ながらたたき上げの警察官で、キャリア33年の筋金入り。58歳。他方、キャメロンは大卒でキャリア18年。減らず口が多く生意気。
 フォードの捜査はまるで地を這うような徹底した地取り。何事もないがしろにせず、事件に関わることならどんな些細なことでも知っておくというタイプ。がみがみと指示はきついからキャメロンばかりか署員らから嫌われている。しかし、そんなことは意に介さない。しかも、直感を大事にするからキャメロンからあきれられている。
 フォードからキャメロンに矢継ぎ早の指示。ローウエルは日記を付けていたのだが、その日記を読み出てくる男の名前をすべて書き出せという。日記はすでに調べられていて事件性のあることは何も書かれていなかったのだが。
 また、ローウエルは歴史の授業で、終わりに教師と一言二言話をしていることが目撃されているが、どんな話だったのか聞き出してこいとも。歴史の授業が終わるまでローウエルは元気だったのだ。
 「いったいなぜ、そんなつまらないことにこだわるんです?」といって反発するキャメロンに向かってフォードは「ああ、わたしは何でも知りたいんだ……」。
 「……ミッチェル嬢は、いつもとちがった行動をとっている。何も起きていなければ、そんなことは問題にならない。しかし、実際に事が起きているんだ。構内でいつもとちがう何かがあったなら、それがどんな些細なことであってもすべて把握しておく必要がある。徹底的に調べるべきだ。どんな小さなことでもかまわない。どうでもいいように思えることでもかまわない。とにかく調べろ。わかったか?」と。
 フォードによれば、女子学生が姿を消す理由は六つ。成績が振るわない、級友とうまくいかない、家庭内にいざこざがある、犯罪に巻き込まれた、自立したい、そして男。初めの五つはあてはまらないようだ。そうなると男ということになるが、果たしてそれはどうか。
 しかし、どう調べても事件ににつながるようなことが出てこない。自殺なのか、事件に巻き込まれたのか、それすらもわからない。
 ストーリーは、フォードの流儀と同様にすべてのことをさらい出すように進む。しかも、この間に大きな起伏があるわけでもないし、それとわかる伏線もない。しかし、読むに緩むところなど一つもない。とくに後半などたたみかけるような緊張感が続く。これは不思議な味わいだ。
 それにしても、本作はアメリカにおける警察小説の先駆けとのこと。アメリカでは私立探偵が発達していたから、ミステリーといえば探偵小説が多かったのだと思われるが、警察小説においても早くから秀作があったものらしい。それも捜査方法が徹底した聞き込みというのはアメリカらしさが薄くて面白い。
 ただ、私にはアメリカにおける警察小説の確立ということでは1956年から刊行が始まったエド・マクベインの87分署シリーズに印象が深い。キャレラ刑事らの活躍はアメリカの大都会の社会風俗を的確に繁栄していて面白かった。
 さらに、スエーデンで1965年から始まったマイ・シューバル、ペール・バールーのマルティン・ベックシリーズの刊行が警察小説を一大ジャンルとして不動のものにした。このシリーズも社会風俗を写し出して単なる警察小説の範疇を超えたものとなって世界的な読者を得ていた。
 そして、日本は今や警察小説全盛だし、世界的にもイギリスやドイツ、フランスなどと広まっていてしばらくその流れは奔流となって続きそうである。
(法村里絵訳、創元推理文庫)
 


お勧めの書籍