2015/08/26

又吉直樹『火花』

 芥川賞受賞作。お笑い芸人の受賞が話題になり単行本の売り上げは新人の作品にしては珍しく100万部を超しているらしい。
 タレント本などおよそ読むことはないが、『文藝春秋』に載っていたので読んでみた。芥川賞受賞作はここ数十年来その大半をこの『文藝春秋』誌上で読んできているが、本作は近年の中ではよく書けていて面白かった。タレント本などといって片付けない方がいい。
 熱海の花火大会の舞台で一緒になった二組の漫才コンビ。兄貴格あほんだらの一人神谷から後輩分スパークスの一人徳永が酒に誘われる。神谷二十四歳、徳永二十歳。これが二人の出会いで、意気投合したのか徳永はその場で神谷に弟子入りを願い許される。
 物語は徳永を語り部にして進む。二人は始終一緒に飲んでいる。肴は神谷の話す芸論であることが多い。
 「漫才師である以上、面白い漫才をすることが絶対的な使命であることは当然であって、あらゆる日常の行動は全て漫才のためにあんねん。だから、お前の行動の全ては既に漫才の一部やねん。漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すもんやねん。つまりは賢い、には出来ひんくて、本物の阿呆と自分は真っ当であると信じている阿呆によってのみ実現できるもんやねん」「つまりな、欲望に対してまっすぐに全力で生きなあかんねん。漫才師とはこうあるべきやと語る者は永遠に漫才師にはなられへん。長い時間をかけて漫才師に近づいて行く作業をしているだけであって、本物の漫才師にはなられへん。憧れてるだけやな。本当の漫才師というのは、極端な話、野菜を売ってても漫才師やねん」
 とまあこんな調子である。
 これに対し徳永は「神谷さんの説明は漫才師を語っていることにならないんですか?」とつっこみをいれる。
 これでわかるが、神谷は関西人である。話がくどいし、理屈っぽく説教くさい。ただ、漫才師にとって、相方の存在というのは特別のものらしい。当然のことだがそのことがわかって面白かった。
 しかし、この二人のやりとりはすでに一場の漫才である。奇妙な面白さ、不思議な魅力がある。この味は芸人を経験したものでないと出てこないものかもしれない。
(『文藝春秋』9月号所収)


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