2015/08/20

神田川紀行:一休橋から駒塚橋まで

 神田川は江戸川橋から上流に遡ると一休橋、大滝橋、駒塚橋と続く。いずれも幅も長さも小さな橋ばかり。
この川筋は、とくに左岸側は目白台(あるいは関口台とも)の縁に位置していて、それが急激に神田川に落ち込んでおり、河岸段丘であろうか、川幅は狭いものの深い谿谷となっている。
 両岸には狭い道が沿っているが、とくに左岸側は遊歩道となっていてとてもそぞろ歩くに気分がいい。
 江戸川公園が川に沿って細く伸びているためで、続いて新江戸川公園となっており、この二つの公園は連続している。この途中右手が椿山荘である。明治の元勲山県有朋が作庭した広大な庭が現在に至っていて、庭内には高級ホテルがある。
 江戸川橋を振り出しに途中はずっと見事な桜並木になっていて、江戸期以来の江戸川沿いの桜名所の風情を今に伝えている。
 この手前、一休橋付近には神田川の里程標が立っていた。石造で、それによると、このあたりで神田川は源から18.6キロ、隅田川まで6.0とあった。
 また、大滝橋付近には大洗堰跡の説明板が立っていた。それによると、これは神田上水を取水するための堰だったようだ。わずかだが遺構もあった。
 なお、駒塚橋のたもと、椿山荘の敷地が終わった角には芭蕉庵があった。芭蕉が居を構えていたところで、芭蕉は取水堰の工事にも携わっていたらしい。
 芭蕉庵の庭には小さな池があって、その縁に「古池や蛙飛びこむ水のおと」の句碑が建っていた。どうやらここで詠んだ句らしい。


 


写真1 江戸川橋を起点に神田川の左岸に沿って続く遊歩道。桜並木が美しい。


写真2 大滝橋。この周辺に神田上水を取水した大洗堰があったという。


写真3 古池や……で知られる芭蕉の句碑。駒塚橋のたもとにある関口芭蕉庵の庭に建っている。

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