2015/08/05

パトリック・モディアノ『暗いブティック通り』

 記憶喪失した男が自分の過去を探す物語。
 舞台はパリ。1965年のことと知れる。男は不意の記憶喪失に見まわれ霧のなかを手探りしていたときに私立探偵事務所を構えていたユットに手をさしのべられ、ギー・ロランという名前で手伝ってきたのだった。それが10年前。そのユットが探偵事務所をたたむこととなり、ギーはこの際ということで本格的な自分探しをはじめることとしたのだった。
 細い途切れそうな手がかりを頼りに探し回るギー。たどり着いたと思った手がかりからするっと逃げられることもたびたび。それも果たして自分のことなのか。
 そうこうして、ある集合写真を見て「どう見てもそれは私のような気がする」ことに。そこには「大変背が高く、グレンチェックの背広を着た男がおり、年の頃は三十歳ぐらい、髪は黒く、細い口髭を生やしている」のだった。ただし、この写真を見せてくれた老人は、自分らしき人物についてはまったく心当たりがないとも。
 探し歩いているうちに、ナチス占領下とおぼしきパリがたびたび登場してくる。これが重要な鍵を握っているようだ。
 不思議な魅力をたたえた小説だ。ある種ミステリーとなっていて、物語は何度も行ったり来たりしているし、確かなことは何もわからなくて混沌としているのだが、読むに滑らかさに欠くことはないし、物語に引き込まれて本から目を離せなくてページの先を急ぎたくなる。
 まるで空気感まで伝わってくるような小説で、霧深き混沌さが肌にまとわりつくようだ。また、数多くのパリの街路が登場するのも大きな特徴で、ちらっと出てくるブティック通りが実はこれが重要な伏線となっていたのだった。
 フランス現代小説のすばらしさに浸ったような読後感だが、原作が刊行されたのは1978年。作者パトリック・モディアノは、本作でフランス最高の文学賞ゴンクール賞を受賞している。ただし、私が本書を手に取ったのは、モディアノが2014年ノーベル文学賞を受賞したからで、フランス現代文学とはどういうものか関心があった。
 ラスト近く、主人公の私はユットに出した手紙で「これまでのところ、すべてがあまりにも混沌としてばらばらな気がしました……なんだかわからないものの切れはし、かけらだけが、探してゆくうちに不意によみがえってきた……しかし、結局のところ、人生ってそういうものなのかもしれない……」といい、写真を見ながら「彼らはほんとに実在したのだろうか?」と述懐する。
 そう言えば、本書巻末の訳者あとがきで平岡篤頼が面白いことを指摘している。つまり、すぐれた現代小説は推理小説的構造をとると。
 なお、本書刊行は2005年だから念のため。
(白水社刊)
 


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