2015/07/30

神田川紀行:隆慶橋から新白鳥橋まで

 飯田橋駅前で外堀と別れ右に直角に曲がった神田川は目白通りを北上する。左岸(上流に向けて右側)が文京区で、右岸が新宿区である。川の真上を首都高速の高架がまたがっている。
 飯田橋駅前交差点の船河原橋から200メートルほどで隆慶橋で、新隆慶橋と続く。
 隆慶橋はメンテナンスもされていないようで古くて汚く、一応ポールを立てて歩車分離されているが人通りも少ない。路上生活者のリアカーがあった。
 ここからすぐ上流にあるのが新隆慶橋で、こちらは片側3車線の幅広い橋。壱岐坂通りから小石川後楽園の北側を目白通りに抜ける役目を担っているようで、交通量は多かった。
 さらに遡ると白鳥橋、新白鳥橋と続く。白鳥橋際にはバスの停留所に大曲(おおまがり)とあったように、ここで神田川は大きく左に曲がっている。かつては都電が走っていた通りで、ここを通過する際には都電が左右に大きく揺れた記憶がある。
 ここから安藤坂を登ると春日通りを渡って伝通院ということになる。徳川将軍家の菩提寺で、増上寺に次ぎ寛永寺と並んだ格式を誇る。
 また、このあたりの神田川はかつてしばしば増水していたようで、水道橋分水路の呑口がある。暗渠となっているバイパスの入口である。
 なお、このあたりの神田川は古くは江戸川と呼ばれていたようだ。川沿いに旧町名を解説する看板があって、それによると、大滝橋から船河原橋までの間を江戸川と称し、その左岸一体が小石川江戸川町と呼ばれていたという。1960年代に現在の神田川に統一されたらしい。


写真1 人通りも少ない隆慶橋。


写真2 白鳥橋。大曲という由来がわかるような大きなカーブ。


写真3 神田川のバイパスとして暗渠に入る水道橋分水路の呑口。

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