2015/06/24

西安

 このたびの上海出張では、早めに日本を出て西安に足を伸ばしてきた。中国には毎年一度以上は来ているのだが、その大半が北京と上海ばかりで西安は初めてだった。
 西安へは上海から往復したが、まず往路は羽田空港から上海の虹橋空港で乗り継いで向かった。羽田‐上海間が約3時間、上海から西安までは2時間30分だった。西安は上海の西方やや北寄りで、地図上の直線距離で約1500キロほどか。
 西安の咸陽空港は大きな空港で、ターミナルが三つもあり、とても地方空港とは思われないほどの規模だった。市街中心からは離れているようで、直通バスで約50分の道のりだった。運賃25元(約500円)。タクシーなら45分、150元ということだった。
 空港と市街中心を結ぶエアポートバスが到着したのは西安駅の駅前。降り立つと、眼前に城壁がそそり立っている。いかにも古都らしいたたずまいである。城壁は市内中心をぐるっと取り囲んでいて、後日城壁に沿って自転車で一周してみたが、城壁はほぼ完全に往時の姿をとどめていた。
 城壁は周囲14キロの四角形で、高さは12メートルもある。きれいに煉瓦が積み上げられていていかにも堅牢そうだった。唐代に築かれたものが基礎になっているそうで、現在のものは明代14世紀に築かれたもの。それにしてもこれほどきれいに保存されている城壁というものの例を他に知らない。城壁には堀が沿われてあって、鉄道などは城壁の外に敷かれている。
 西安はもとより古くはかつての長安である。西周から秦、漢、隋、唐などと十幾つかの歴代王朝の都だったところで、千年の歴史を有する。とくに唐代には大帝国の首都として人口100万人を数える世界最大の都会だったと言われている。日本とも縁が深くて、遣隋使や遣唐使などが訪れた。
 西安の街は平坦で、しかも街路は碁盤の目のように整然としているから歩きまわるのに都合がよい。城壁内は自転車で巡った。また、地下鉄が東西の1号線と南北の2号線と2本があったし、無数のバスが往来していた。このバスの行き先表示が番号となっていて、これがわかりやすくて助かった。
 市内に見どころは多いのだが、まずは城壁と門。大きな門が東西南北にあるほか、小さな門も含めると全部で16の門があるらしい。
 北門に位置する安遠門に登ってみた。指揮所であり兵の駐屯のためでもあろうか、大きな建物が門の上に建てられていた。また、この門では門が二重になっていた。
 城壁に登ると、どこまでも伸びている様子が遠望できる。城壁の上部は通路になっていて、幅は12メートルから14メートルもあるということである。この城壁の通路では観光客向けに自転車の貸し出しが行われていて、一周することもできるようだった。
 また、南門に位置する永寧門では、近所に古い街並みが残されていて、その一角に書院門といって筆や墨を売る文具屋が数十軒も軒を並べている通りがあった。ここで細筆を一本購入した。約100円。
 ほかに鐘楼、鼓楼などと巡ったが、是非にも訪ねたかったのは大雁塔。市街中心からは離れていてここには地下鉄で向かった。地下鉄を6駅乗った。運賃約60円。地図で見当をつけていたらさほど遠くもなさそうだったので歩いたのだが、40分ほどもかかった。
 途中不安になって道順を親子連れに中国語で尋ねたら、父親がそのまま中国語で返してくれ、さらに娘が英語で答えてくれた。別れ際には日本語で「さようなら」と言われたのには苦笑いした。なまじっか下手な中国語など遣わない方がいいという例。しかし、大方の場合は、片言ではあっても中国語で話しかけるとたちどころに親切に答えてくれる。多少でも中国語で話すことはうれしいことのようだった。
 大雁塔は大慈恩寺の境内にある仏塔。大慈恩寺自体も648年創建という大変な名刹で、往時には塔頭も数十を数えていたらしい。このうち大雁塔は652年の建立で、三蔵法師玄奘がインドから持ち帰った経典や仏像を収蔵するために建てられたものだという。
 四角形7層の塔で、高さ64メートル。最上層まで階段で登ってみたら、西安の街が一望できるようだった。
 隣接して三蔵玄奘院があって、そこの玄奘像は慈しみに満ちて安らかなお顔をしていたし、また、境内には修行僧か、青年が数珠を手にじっとたたずんで瞑想している姿が印象的で、遠く玄奘に思いを馳せているかのようだった。
 帰途はバスにした。格別の当てがあったわけではなかったが、およその見当をつけて飛び乗ったらこれが大正解で、ホテルの脇まで連れて行ってくれた。運賃約40円。
 こうして歩いてみると、西安は地方都市とは思われないほどの大きな都邑で、長安の繁栄が偲ばれるようだった。


写真1 安遠門上から見た城壁の様子。


写真2 西安の街路。門上から見た北大街の通り。


写真3 大慈恩寺の大雁塔。7層の仏塔である。

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