2015/06/22

2015上海雑感

 先週の金曜日19日上海から帰ってきた。上海には15日から5日間滞在した。わずか中3日のことで、しかもこの間、毎日、ホテルと展示会場との往復ばかりで何ほどのこともないのだが、同行の若い社員が上海は初めてというので、18日の夕方、夕食がてら都心をぶらぶら案内した。
 そこで感じた上海の印象を一つ二つ。
 街はとても賑わっている。平日の夕方なのに大勢の市民が繰り出している。地方から上海に出てきた観光客が多いらしい。経済は減速しているというが、とてもそのようには表面上感じられない。習近平政府の贅沢抑止政策などがうっとうしく感じられるほどの活気が保たれている。
 車が多い。とくに滞在中はちょうど梅雨入りして連日雨降りだったせいか、渋滞がひどかった。
 地下鉄が開業して渋滞は減ったともいわれていたが、とてもそんな風には見えない。地下鉄の開通に伴ってバス路線を減らしたらしいが、それも逆効果となったものであろう。
 その地下鉄。随分と路線数が増えて便利となった。ほんの数年前までは1号線と2号線しかなかったものが万博で一挙に増えて、2年前には13路線にもなっていたが、今回訪れたらさらに16路線になっていた。
 上海の地下鉄路線名は開通順のナンバリングだが、これが意外とわかりやすくて便利。東京のように銀座線や丸ノ内線と愛称で路線名を付けられても煩瑣だいうのが上海人。それはともかく大概のところには地下鉄で通じるようになった。
 このたびは、豫園を振り出しに外灘、南京路、人民広場、新天地と巡った。いずれも上海観光の代表的なところばかりで、上海が初めてというならこのルートは必ず含まれるのではないか。私も40年ほど前初めての上海の折には訪ねたことがあった。今回は久しぶりだしとてもよかった。
 豫園は16世紀に建てられたという庭園。大変な混雑。上海観光の大半が集まったのではないかと思われるほどの賑わいぶり。凝った岩と池が絶妙に配置されたのが特徴だった。ここの小籠包が人気だが、このたびいただいたら随分と味もイメージも変わっていた。繁盛すると味が変わるの譬えの通りだ。
 ここからは歩いても外灘は10分ほど。黄浦江の畔がプロムナードデッキになっていて、ここはさらに大勢の人々で賑わっていた。上流側から下っていったのだが、左手が歴史的建造物が並んでいてとても風情がある。国際商業都市上海の歴史を最も感じさせる風景だろう。右手の対岸が浦東で、超高層ビルが林立し、近年の上海急発展の象徴となっている。この二つの対照的な風景が一望のできるが外灘の魅力である。
 外灘は通称バンドとも呼ばれるのだが、その中間地点が南京路との交差点。その角に和平飯店がある。上海きっての老舗ホテルで、かって泊まったことがあるが、いかにも重厚感のあるホテルだった。ここのジャズバンドは上海で一世を風靡したのだが、聞くところによると、閉鎖されたらしい。
 南京路を南京東路から南京西路に向けて歩いた。上海随一の繁華街だが、大変な賑わい。上海はどこへ行っても賑わってはいるが、ここが一番か。途中まで歩行者天国になっていて、両側に高級ショップが並んでいる。途中に最近開店したという大丸百貨店があったが、大変高級そうな店構えだった。
 さらに行くと人民広場。上海のへそみたいなところで、上海市政府の建物や上海博物館、上海美術館などが周りを取り囲んでいる。
 博物館に寄ったら、夕方ですでに閉館の時間だった。ここは中国でも北京の故宮博物院に並ぶコレクションなのだが残念だった。
 ここまでが徒歩で約3時間。いささか疲れて地下鉄で新天地へ。石庫門と呼ばれていた煉瓦造りの古い街並みを近年開発したしゃれた街並みで、若者や外国人に人気がある。古い街並みと建物を保存しつつカフェやレストランなどが展開していてこの一角に入るととても中国とは思われない感覚になる。
 ここで夕食となったのだが、入ったのは台湾料理の店。味付けも料理の種類も日本人好みのものが並んでいた。
 それにしても、ここのところの円安は日本から外に出る海外旅行者にはこたえる。ほんの数年でほとんど倍になったような感覚だ。実際、前々回上海を訪れた4年前では1元=11円程度だったものが、2年前の上海では18円まで上がり、ついにのたびの上海では1元=22円にまで円は下がっていた。
 地元上海在住者の話によると、この1年ほどで日本からの観光客は激減したそうで、その逆に円安のため中国からの日本への観光客は激増というわけである。


写真1 上海きっての人観光スポット外灘。左が歴史的建造物群。


写真2 上海きっての繁華街南京東路。大勢の人々が繰り出していた。


写真3 煉瓦造りの街並みにしゃれたカフェやレストランが並ぶ新天地。

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